2007年5月10日、熊本市の慈恵病院が設置・運用を開始したこうのとりのゆりかごは、病院理事長蓮田太二氏が2004年にドイツのベビークラッペ(あかちゃんの扉)を視察し、その設置を決意したという。去る8月25日、私が代表を務める「性を語る会」は、シンポジウム『あかちゃんポストがつきつけるもの』を開催したが、あらかじめ熊本市在住のフリーランスライター松本聡子さんと、ベルリン在住の恵美ノリスさんにルポを依頼し、当日は私が代読。それぞれの現状と世論、日本人とドイツ人の考え方の違いについて討議した。
このHPを読まれる方にも、あかちゃんポストの必要性の是非と、せっぱ詰まった親の立場、ポストに預けられた嬰児自身の人権について考えていただきたく、ルポの要約を2回にわけて転載する。なお、文責は、私にあることをお断りしておきたい。
こうのとりのゆりかご――あかちゃんポスト――現場報告 松本聡子
運用開始の日、蓮田理事長は「嬉しい反面緊張している。あかちゃんの命を守ることが第一。今後は望まない妊娠・出産、子育てについて困っている方々が相談できる窓口として、大きなシンボルになるよう、行政と連携して、広く社会に訴えてゆきたい」と抱負を述べています。“ゆりかご”の仕組みですが、病院東側の外壁に縦50cm、横60cmの扉があり、開けるとブザーやモニターが作動して看護師に知らせます。扉の中には、酸素吸入などもできる保育器が置かれています。預けられたあかちゃんは病院で保護された後、児童相談所への通告を経て、乳児院・児童養護施設などで育てられますが、あかちゃんの健康状態や虐待の跡が見られた場合は、親が保護責任者遺棄罪に問われる場合もあるそうです。
運用初日の5月10日午後2〜3時頃、嬰児ではなく3歳ぐらいの男の子が預けられていたことが14日に報道され、日本中に驚きが走りました。ついで5月26日、県弁護士会主催のフォーラムが開かれ、匿名性や子どもの権利についての意見交換が行なわれました。代表的な意見としては、
・親が子どもを殺すか生かすかというパニック状態のとき、助けを求める最後の砦として匿名で預けられることは 重要。子どもには出自を知る権利はあるが、生きる権利がより重要だ。(蓮田理事長)
・子どもは思春期になると自分のルーツを知りたがる。匿名性は難しい問題。(県、中央児童相談所・黒田課長)
・“ゆりかご”は現行の法体系の枠を超えており、制度とはいえない。目的が達成できるかどうかは使われ方によっ て変わる。今後も検討してゆきたい。(設置を認可した熊本市・末廣審議員)――などが挙げられます。
そうした意見はともかく、“ゆりかご”開設後、望まない妊娠・出産についての相談件数が激増。同病院の相談件数は1ヵ月で91件。熊本市が5月7日に始めた24時間対応の「妊娠悩み相談電話」には、1ヵ月で105件。県女性センターの「妊娠とこころの相談」にも、5月だけで25件と激増。その効果と処遇に追われている中、6月12日に生後2ヵ月ぐらいの男児。ついで15日には生後2〜3ヵ月とみられる乳児が預けられたことが報道されました。
これについて、「不確かな情報が電波や紙面で流れてしまっている」と、幸山熊本市長が報道を批判。市、県、慈恵病院も「個人の特定につながるような情報開示は行なわない」として『守秘義務の徹底』を宣言しました。ただ、“ゆりかご”運営に関する検証の必要性は認めており、県と市は検証する専門組織を設置する考えを明らかにしました。
7月4日、慈恵病院の田尻看護師長が熊本市で講演。寄せられた多くの相談を通じて、“法的に実子と同様に扱われる特別養子縁組”の手続きに6組が入っていることを公表しました。レポートをしての私の感想ですが、“あかちゃんポスト”は、子どもの命、親子の絆、現代社会の生きにくさなどを問い続けていると思います。本来は“あかちゃんポスト”などなくてもよい社会が理想なのです。そのためには、国、地域、企業などによる子育て支援の環境整備が急務です。いま、この瞬間にも望まない妊娠・出産で悩んでいる女性が日本中に大勢いることは、相談電話件数の急増が実証していると言えるでしょう。熊本の“あかちゃんポスト”をきっかけに、「子どもの命こそ最優先」という姿勢や考え方が、各地域、全国に広がってほしい――取材しながら痛切に感じました。
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