先月は熊本の慈恵病院が開設・運用しているこうのとりのゆりかごのルポを伝えた。今回は、ドイツのベビークラッペ(あかちゃんの扉)のルポをお届けする。
ドイツのベビークラッペと匿名出産――現地報告 恵美ノリス(ベルリン在住)
ドイツでは2000年4月、ハンブルクに最初のベビークラッペが設けられ、以来、1年後には22ヵ所、3年後には60ヵ所とその数は増え続け、現在ではドイツ全土で約80ヵ所設置され、そのほとんどに相談所が併設されています。ドイツでは年間50〜60名のあかちゃん遺棄が発見されており、その半数以上は発見時には厳寒のため既に凍死しているという報告があります。
対象となるのは、あかちゃんを育てる生活に希望が持てず、相談所にも行けない事情をもった女性たち――具体的には、さまざまなドメスティックバイオレンスにさらされている女性、未婚の10代の少女たち、ホームレスの女性、そしてドイツに不法滞在している外国人女性、婚外妊娠が蔑視される文化に属している移民労働者の娘たちです。ベビークラッペに届けられたあかちゃんは、規定の期間に実母が名乗り出なければ、養子縁組が行なわれます。
ドイツではベビークラッペ設置の是非と同時に「匿名出産」の是非が大きな論議を巻き起こしました。匿名出産とは、産婦が分娩の際、匿名で入院し適切な医療が受けられ、生まれたあかちゃんを、そのまま養子縁組に繋ぐことができるというものです。また、併設の相談所で各種の支援についての情報、さらに個々のケースの相談も得られるので、女性たちは危機から脱出するチャンスを掴むことができるのです。匿名出産は、フランス、ルクセンブルク、アメリカ合衆国の28州では合法とされていますが、ドイツでは合法ではありません。
ドイツにおける匿名出産の合法化を目指し、2001年5月、連邦会議(日本の衆議院にあたる)で公聴会が開かれました。しかし招請された専門家の大半が合法化に否定的であったため、結局、法制化の採択は無期延期となって今日に至っています。専門家たちはベビークラッペ設置についても否定的です。また人権団体、養子たちのネットワーク、インセスト(近親姦)やレイプによって出生した人たちの団体も、反対の姿勢を表明しています。
反対する理由の中で最も重要視されているのは、「出自が完全に不明になってしまうのは、その子の人権に反する」というもので、養子縁組センターの心理専門職は、「自己の出自を知ることは、養子となった子どもたちにとって非常に重要であり、ベビークラッペや匿名出産は出自の追跡を全く不可能にしてしまうため、養子たちは生涯トラウマに悩むことになる」と、述べています。こうした反対意見を反映して、現在では少なくとも実母の氏名、子どもの生年月日などのデータは養子縁組センターに記録されるようになっているので、出自追跡は養子本人が望めば可能になりました。
ベビークラッペ反対のもう一つの理由に「女性たちが暴力にさらされている社会で利を得るのは、その女性を妊娠させた無責任な張本人であるレイピスト、児童性愛者、その他さまざまな男性加害者たちである」「彼らはその犯罪の証拠が完全、かつ無料で消滅することを喜ぶであろう。女性たちは性暴力から解放されることなく、暴力の連鎖は続き、問題は更に深刻化するだろう」というものです。
私が住んでいる人口340万人のベルリン市では、2000年秋にベビークラッペが初めて設置され、現在5ヶ所。開設以来2006年までに市内で26名のあかちゃんが預けられ、さらに16名が匿名出産で生まれています。2007年1月末に市内の、あるバス停にあかちゃんが置き去りにされているのが発見されました。そこからベビークラッペまで、僅か200mほどしか離れていなかったこともあり、この事件をきっかけに、ベルリン州の“緑の党/90年連合”は3月末に、『ベビークラッペ!あかちゃんがゴミ箱に捨てられる前に』のタイトルで、ベビークラッペの所在地の地図の明記されているポスターを市内のバス停に貼り出すなど、1週間のベビークラッペ・キャンペーンを行ないました。
こうした賛否両論を見聞きするにつけ、ドイツという国に住む人びとは、日本のように「特別養子縁組」として戸籍上の実子とすることも可能な法制度や、たとえ嘘であっても実子としての血のつながりを重視することをよしとする世間のあり方とは、大きな差があると思います。子ども自身の出自追求の権利および「あかちゃんポスト」を利用せざるを得ない女性とその女性への福祉の手が差しのべられるよう、行政に異議申立てをすべきではないでしょうか?
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