2008. 2月

       
  『こころとからだの学習』裁判 傍聴記 ―その1―
 
 

「性を語る会」代表  北沢 杏子

 
       
   

 都立七生養護学校『こころとからだの学習』裁判の経緯と、その様子を2回にわたって報告したい。この事件は、軽い知的障害をもつこの学校の児童・生徒の個々のニーズにあわせた性教育を行なっていたことに対して、「ゆきすぎた過激な性の指導」「学習指導要領を逸脱した性教育」として、ある日突然、都教委、都議、市議、産経新聞記者ら十数人が「視察」の名目で保健室に入り込み、性教育教材や授業計画、記録のビデオなどを提出させ没収した事件である(2003年7月4日)。
 七生養護学校は、隣接の七生福祉園から通学してくる児童・生徒がクラスの半数を占めており、乳児院や福祉施設で育ってきたさまざまな生育歴を抱えた子どもたちも少なくない。そうした子どもたちとの豊かな人間関係を構築し、自己肯定感を育み、自立した人間として社会に送り出すために、最も必要なのが「性教育」だった。教員たちは、児童・生徒の屈折した心の裡を推察し、それから解放するためのいくつもの手づくり教材を作った。

 あるとき、産休に入る前の大きなおなかの女性教員が低学年の子どもたちに「あかちゃんはどこから?」の授業を行なった。すると、教室の片隅でいじけていた福祉園から通ってきている児童が尋ねたという。「ぼくもお母さんのおなかから生まれたの?」と。そこで教員たちは、子宮に模したトンネル状のふわふわした教材を作り、その中に入った子どもに“ゆーらゆーら……あったかーい”子宮内で育つ体験をさせる。そして、「さあ、生まれてきて!」の合図で、中の子どもはトンネルから這い出し、外へ出てくるのである。子どもが顔を出したとたん、クラスの子どもたちの「お誕生おめでとう!」の声と拍手で迎えられる。私はこの話を聞いたとき、思わず涙ぐむほど感動した。ところが、他の教材と共に没収されたこの教材に、都教委側は「ちつ付き子宮袋」と、悪意に充ちた名称をつけ、公表したのだった。

 生徒たちは高等部を卒業すると、社会に出て職に就いたり、福祉作業所で働くようになる。ここで問題になるのは、望まない妊娠と中絶を繰り返す女子卒業生たちだ。そこで高等部の生徒には、妊娠はどうして起こるのか?望まない妊娠を防ぐには、どのような避妊法があるのか?そして愛と責任についても教える必要がある。教員たちは受精のしくみを具体的に教えるために、海外から購入した等身大の性器つき男女の人形を、視覚教材として活用することで教育効果をあげることができたという。
 ところが保健室に収納してあったそれらの人形を床に並べ、下半身を裸にして性器を露出させた写真が、翌7月5日の産経新聞で報道されたのだ。記事は「性器付き人形のほか、コンドーム装着用の男性器の模型など過激な教材がずらり。都議らは『常識では考えられない』『まるでアダルトショップのよう』と口々に非難した」と煽動的なものだった。

 のちに原告(31名)の1人となる保健室の内山裕子養護教諭によると、市議や都議の保健室でのやりとりは下記のような威圧的なものだったという。
(知的障がい児のための「こころとからだの学習」――七生養護学校性教育裁判で問われていること――明石書店 2006年11月発行より)
市議 「具体的でないとわからないというなら、セックスもやらせるんですか。体験をつませて学ばせるやり方は、共産主義の考え方だ!」また、都議の1人がファイル2冊を取り、持って行こうとしたので「何を持っていくかを記録したいので教えてください」と養護教諭が言うと、都議「何を持っていくかは俺たちが責任をもって持っていくんだから、馬鹿なことを言うな!俺たちは国税と同じだ。一円までも暴いてやるからな。生意気なことを言うな」と、怒鳴った。

 このあと、都教委は都議らの指示のもと、たくさんの絵本や書籍を抱えて保健室を退室した。「視察の一行がいなくなったあと、精神的なショックと悔しさ、恐怖から解放された安堵感で、もう1人の養教と顔を見合わせたとたん、こらえていた涙が一気にこみ上げ嗚咽せざるをえませんでした」と内山教諭は述べている。
 この市議、都議らの威嚇的な言葉づかいには驚くほかはない。こういう品位のない政治家の下に、教育が屈服させられるとは!これを機に2005年5月、七生養護学校教職員と保護者の28名(現在は31名)は、「七生養護学校事件」の真実を伝え、児童・生徒たちへの教育を取り戻すために、石原都知事、都教委、3名の都議、産経新聞社を相手に提訴したのだった。(次号につづく)

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