2008. 3月

       
  『こころとからだの学習』裁判 傍聴記 ―その2―
 
 

「性を語る会」代表  北沢 杏子

 
       
   

 先月は東京都立七生養護学校の「こころとからだの学習」への都議、都教委、産経新聞記者による“視察”という名の不当介入、性教育教材の没収、教員の強制移動命令などに対して、教員と保護者の31人が「人権擁護」裁判を起こした経緯をお伝えした。
 長い時間をかけての書面のやりとりのあと、いよいよ東京地方裁判所103法廷での証人尋問――2007年12月3日には原告側の証人として、元七生養護学校教員内山裕子さん、日暮かをるさんが証言席に立ち、代理人の児玉勇二、中川重徳弁護士他が、山のように積みあげられた双方の陳述書などの書面を前に席に着いた。
 この事件は、いわば「性教育バッシング」のみせしめ裁判だったから、全国各地から集まった支援者たちで傍聴席は満席。その最前列に陣取った私の席からは、目の前に証人の背中が見え、その息づかいや、こみ上げる嗚咽まで聞こえてくるというエキサイティングな数時間だ。
 正面の一段と高い壇上には、黒い法衣をまとった八尾渉裁判長と両隣りの裁判官が、ピクリとも表情を動かさずにこちらを向いているといった手に汗握る尋問風景である。
 時間の配分は主尋問(原告証人への原告代理人の尋問)60分、反対尋問(原告証人への被告側代理人の尋問)45分。具体的には内山さんへの主尋問60分、反対尋問45分で休憩。そのあと日暮さんへの主尋問60分、反対尋問45分で終了ということになっている。

 主尋問では(先月の報告でもわかるように)、七生養護学校は隣接の福祉施設から通学してくる過酷な生育暦をもった子どもたちが半数を占めていること、そのために自己肯定感が低く、常に愛情に飢えている。その解決法として“からだうた”による児童と教員の触れあいや、自分の生命の誕生を知る“子宮体験袋”の授業が必要だった。
 さらに中等部・高等部と性的成熟が顕著になるに従って、生徒間の性的問題も増えてくる。また、高等部3年生ともなれば卒業後の就労先や福祉作業所での性被害や加害、恋愛や望まない妊娠・中絶も予想されるので、その防止策として、受精のしくみや望まない妊娠を防ぐための正しい避妊法の具体的な授業を、視覚に訴える等身大の人形を使って教える必要があった……と、内山さんは主尋問で諄々と述べたのだった。
 ところが被告側代理人による反対尋問はこうだ。「“からだうた”を歌って、ペニス、ワギナという外国語を小学校低学年に教えていいと思うのか?」「陰茎と腟という日本語を知らないのか?」「学習指導要領でも低学年には教えないことになっているではないか」「発達段階に応じていない!不適切!」の一点張りだ。

 性器つき等身大人形の教材についても、前述のように高等部卒業生の性的トラブル回避のための授業だったのにもかかわらず、「挿入する場面まで指導していたのか?」「性交のやり方まで擬似的体験学習をさせたのか?」と詰問。「いいえ、それは指導の流れのごく一部であって、そこだけを教えるのではありません。というのも……」と続けようとすると、「イエスかノーだけ答えなさい。挿入のしかたを教えたのか?」「性的結合のやりかたを教えたのか、そうですね!」といった威圧的な態度を崩そうとしない。これでは裁判長がどんな印象を持ってしまうのか、判決が心配になってきた。

 年が明けて2008年1月25日、被告側の証人尋問の傍聴に行く。証人は当時、東京都教育委員会副参事だった小林氏と、当時の七生養護学校三苫校長である。被告側の代理人が「七生ではこんなビデオ『ドキュメント出産』を見せていた。指導要領にない逸脱行為だ!」と聞こえよがしに声を大にして叫ぶ(これは私が製作したアーニ出版刊行の作品で、あらかじめ中川弁護士がお持ちになっていた)。
 そこで中川弁護士は手にもったビデオを高く掲げ、「このビデオ教材は教育映画祭優秀賞ですよ」と静かに説得。「『こんなときはノー!といおう』などという絵本をみせてよいのか?家族の絆をぶちこわす内容だ」(これも私が訳文を書いたアーニ出版刊)に対しても、すかさず中川弁護士が「この絵本は日本図書館協会選定図書ですよ」とやんわり返す。傍聴席の支援者たちにとっても、制作者の私にとっても胸がすくような快挙だった。
 このあとまたもや“性交のやりとり”が繰り返され、被告側代理人の「挿入のやり方を教えた」に対し、原告側代理人は「受精のしくみを教えたのだ」と反論。やり方だ、しくみだと、東京地裁103法廷では、前代未聞の論争が展開したのだった。

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