先月は大江健三郎著『沖縄ノート』(岩波書店 1970年刊)の、沖縄戦・集団自決「旧日本軍関与」の記述に対し、“名誉毀損”として、渡嘉敷島・旧守備隊長の実弟赤松秀一氏と座間味島の旧守備隊長梅澤裕氏が、大江氏と岩波書店を訴えた(2005年8月5日)経緯を書いた。これに対し2007年3月28日、大阪地裁(深見敏正裁判長)は、沖縄戦での集団自決には旧日本軍の深い関与があったとの判決を下した。実は、この赤松、梅澤両氏に裁判を起こすよう働きかけたのは、旧軍人関係者、靖国派の弁護士、自由主義史観研究会・新しい歴史教科書をつくる会のメンバーであったという(2007年8月4日付琉球新報、作家・目取真俊氏)。つまり、この裁判を根拠に教科書検定に圧力をかけ、高校歴史教科書から“沖縄戦・集団自決「旧日本軍関与」”という、彼らの言う自虐史を削除、抹殺。次世代の若者たちに知らしめないよう背後で操った人びとがいたのである。
大江氏は被告側証人尋問の場で「私が証言している現在、すでに教科書が作り変えられています。従って、それによって歴史を学ぶ他はない次の世代に対して、自分は(自信の信念を)語っておきたいのです」と証言している。ここで思い起こすのは、教科書検定意見撤回を求めて起ち上がった11万人の沖縄県民集会(2007年9月29日)での高校生代表の訴えだ。「教科書から軍の関与を消さないでください。あの醜い戦争を美化しないでほしい。たとえ醜くても真実を知りたい、そして伝えたいのです」と。
背後で操った人びとといえば、ドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』(監督 李纓)を上映中止に追い込んだのは、誰だったか?公開前に文化庁を通じて国会議員向け試写会を強要したのは、自民党の稲田明美議員らだった。稲田氏は、前述の「沖縄戦集団自決」裁判や、南京事件の「百人斬り報道」の名誉毀損裁判の原告側弁護人で、先鋭的な靖国派、南京虐殺否定論者として活躍してきた人物だとか。映画『靖国 YASUKUNI』は5月になって、東京では2つの映画館が上映に踏み切った。私も早速駆けつけたが、超満員の大盛況。
このドキュメンタリーは、毎年8月15日に靖国神社境内で行なわれる旧軍服姿の一団の追悼式や軍隊ラッパの吹奏、かと思うと台湾人、韓国人の旧日本軍遺族が「勝手に合祀した父を返せ!兄を返せ!」と神主に迫るあり、追悼集会に抗議して袋叩きにされる若者ありで、なかなかの諷刺的作品だ。なかでも感動的なのは90歳になる現役最後の靖国刀の刀匠、刈谷直治氏の職人気質の人物像である。800度もの炎の中から取り出した刀を水に沈め、荒研ぎを行なう。李監督の質問にも殆ど答えず、その表情が職人芸に徹しているのがいい。
初めて知ったのだが、靖国神社の「御神体」は刀であり、1933年から敗戦の1945年までの12年間に、この境内において8,100振りの日本刀が作られたという。その刀は過去の戦争で、何千人、何万人を斬殺したのだろうか。見事に研ぎ上がった靖国刀のむこうに、ちらっ、ちらっ、と一瞬、戦場での斬殺らしい場面がよぎる。
私は中国の「戦争博物館」で、2人の日本人将校が「この刀で105人斬った」「俺は106人だ」と自慢しあう日中戦争時の日本の新聞記事(写真入り)の展示を見たことがある。展示場の天井に届くほどの大きさに拡大した写真は脳裡に焼きつき、いま再び甦る。サンダンス映画祭、ベルリン映画祭、釜山、台北、香港国際映画祭に招待され絶賛された、まさに平和への希求の映画ともいうべきこの『靖国 YASUKUNI』を、反日映画だとして、思想信条・表現の自由への圧力をかける国会議員らの言動に、憤りを感じるのは私だけではあるまい。
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