2008. 9月

       
 


日本の国籍法・戸籍法にNo !を

 
 

「性を語る会」代表 北沢 杏子

 
       
   

 2008年6月4日、最高裁大法廷(島田仁郎裁判長)は、日本人の父とフィリピン人の母から生まれた子ども10人(8〜14歳)に日本国籍を認めた。国籍法3条1項は、「日本国民の父と日本国民でない母との間に出生し、父が出生後に認知した子について、(その後)父母が婚姻して嫡出子としての身分を取得した場合に限り、届け出による日本国籍が取得できる」としている。つまり、出生後に父から認知届が出されても、父と母が結婚していなければ、日本国籍を取得することはできないのだ。
 今回の原告の1人、フィリピン人のRさんは1988年に来日。1996年に知りあった男性との間に長女が生まれた。男性は出生後ただちに認知したが(結婚できない事情があって)、長女はフィリピン国籍しか取れなかった。4年後に生まれた次女は、この失敗を教訓に「胎児認知」の届出をしたため、日本国籍を取得できた。

 『性を語る会』は去る3月、シンポジウム『婚外子差別と子どもの人権』を開いたが、このとき初めて、私は「胎児認知」という言葉を知ったのだった。事実婚も含めて婚外子の場合は、あらかじめ父が胎児認知届を提出しておかなければならない。提出しておいても、法律婚をしていない場合は「嫡出でない子」と記載され、その子どもの被る不利益は生涯ついてまわることになる。
 2004年、法務省は裁判所から指摘され、婚外子と嫡出子の続き柄を統一することで、双方とも戸籍上は長男・長女と記載されることになったが、親の遺産相続額の比率は、「婚外子は嫡出子の二分の一」と不平等のままだ。
 続いて2008年6月、「離婚後300日以内に生まれた子は“前夫の子”とみなす」という民法の規定のため、いまも無戸籍のままの27歳の女性が出産。この女性の母親は、DVの加害者である夫がなかなか離婚に応じず、やっと離婚が成立した75日後に、別の男性との間にできた女児を出産。上記の民法772条の規定で“前夫の子”とされるため、出生届を出せなかったという経緯がある。
 無戸籍のまま成長し結婚した彼女は、挙式はしたものの、戸籍がないため婚姻届が出せず「事実婚」で出産。法務省は“無戸籍2世”を出さないよう、自治体に指示。子どもは「長男」として記載された。ただし、新しい戸籍には夫と長男の名前しか記されず、女性の無戸籍状態は続いているという。

 前述のシンポジウムの場合――思想・信条から「事実婚」を選択した菅原和之さんとパートナーは、婚姻届を出していないため、子どもの出生届を提出する際、「嫡出でない子」という用語へのチェックを求められた。何ら差別される根拠がない子どもを、「嫡出でない子」として届け出ることを彼は拒み、出生届の「父母との続き柄」欄に何も書かずに提出したところ、居住区である世田谷区は受理しなかった。
 次に、子どもの住民票作成を求めたが、区側が出生届不受理を理由に受け入れなかったため、2006年5月、東京地裁に提訴。2007年5月の判決(大門屋裁判長)は、住民票がないことによる不利益(予防接種、児童手当、就学通知の受理他に申請や証明書が必要になるなど)を考慮して、記載内容の正確性も確認できるし身分も安定しているから、子どもの住民票を作成すべきだとし、「出生届不受理でも住民票を作成せよ」と命じたのだった。
 ところが東京高裁(藤村哲裁判長)は、「両親の個人的信条で届出を怠っているだけで、例外的に(子どもの住民票の)作成を認める場合にあたらない」「民法は法律婚主義を採用しており、嫡出子と非嫡出子を分けるのは差別とはいえない、とまで言い切り、逆転敗訴となった。菅原さんは、最高裁に上告し今日に至っている。

 なんという不合理な差別だろう。2006年の1年間に外国人の母親から生まれた婚外子は約2,800人、日本人が母親の婚外子(事実婚やシングルマザーの子ども)は23,000人を数えるというのに……。
 日本のこの偏った国籍法・戸籍法に抗議の声をあげなければ!

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