2008年10月25日、同年4月から始まった後期高齢者に前期高齢者も加えた計1,500万人の年金から医療保険料の天引きが始まった。老後をなんとか年金でやりくりしようと3度の食事を2度に減らしたという高齢者もいる中で、僅かな年金から介護保険料と医療保険料を差し引くという血も涙もない日本の社会保障制度である。
今回のスウェーデン取材では、2つの高齢者グループホームを訪ねたので、そのひとつ、知的障害をもつ高齢者のHammarbyhamnensグループホームを紹介したい。ここには、ヨーラン(59)、ベングト(65)、ベンケ(58)、ペーテル(46)、エバ(58)の4人が暮らしており、市の職員トレーサ(女性)とバーニィ(男性)が交替で管理している。
ヨーランは太った愛嬌のある小男で、私が訪ねたときは、ちょうど新調のズボンに穿きかえたところ。両手の指先でズボンをつまんで見せ、「おれ、ここで死ぬんだ」と叫んでいた。耳が遠いのだそうだ。ベングトは視覚障害者だがボクシングが趣味とかで、自室に、直径60cm高さ2mほどの、スポンジを薄いレザーでくるんだ柱が立ててあって、バン、バンとジャブの練習中。これでひと汗かいたあと、ビールを飲みながらCDを聴くのが日課だとか。優雅な老後である。情緒不安定のベンケは絵を描くのが得意なので居室はアトリエ風。自画像の前で写真を撮ったらゴキゲンだった。一人だけの女性、片脚のエバは、車椅子でジグソーパズルに熱中している。興味深く思ったのはペーテルで、趣味は各国のキーホルダーの収集。自室に何百個ものキーホルダーが飾ってある。というのも、彼は親からの遺産があって大へんなお金持ち。そのお金を使って、年に何回かグループホームの仲間を引き連れて外国旅行をするのだという。
グループホームの各人には後見人がつく規則になっており、ペーテルの場合も後見人がきちんと遺産相続の手続きをしてくれた。日本でも高齢者や障害者への後見人制度があるが、管理人のバーニィ氏によると、「後見人は(遺産相続のトラブルを避けるため)親族でないほうがよい」とか。こうして市に申請することで、裁判所に選ばれた公的な後見人がつくが、その後見人の仕事をチェックする専門委員会もあるので、ペーテルの遺産も十分に保護、管理されているそうだ。
加えて羨ましいのは居室の広さ。各人とも居間、寝室、浴室と3室あって、居間には来客用の応接セットはもちろん、視覚障害者のベングトの部屋にはCDプレーヤーにピアノまで置いてあった。
年金は1人5,000クローネ(82,500円)、食費の1日55クローネ(900円)はその中から支払う。家賃は市社会局から出ているので、計算すると自分で使えるお小遣いは55,500円となる。
日中は送迎バスでディセンターに通っており、休日は各人が思い思いに過ごす。グッドアイデアだと思ったのは、共有の広間の壁に、公園、ショッピング店、カフェ、美術館などの縦長の写真が貼ってあったこと。休日に行きたいところがあれば、写真のその部分を指さすことで、送迎の車が来てくれるという。ヨーランならぬ私も「ここで死にたい!」と叫びたい気分になってきた。取材が終わって別れを告げると、全員が出てきてバイバイをしてくれた。それぞれ、満ち足りた老後と死を、ここで迎えるのだろう。
レグランド・塚口淑子※さんによると、高齢者サービスの充実は、各地域レベルで、政治と行政と住民との間にしっかりとパイプが定着しているからだという。年金生活者160万人の半数が、5つある年金者組織のどれかに加入しており、これらの組織の上に全国レベルで統合した上部組織があって、そこから社会省の諮問機関である年金生活者委員会に代表を送っている。各政党にとって年金生活者ならびに彼らの組織は無視できない存在なのだそうだ。ウーム!日本でも「後期高齢者党」を起ち上げねばなるまい。
※レングランド・塚口淑子著『女たちのスウェーデン』(ノルディック出版社、2006年刊)
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