2009. 4月

       
 


様式美の「おくりびと」の陰にある
                                   残酷な高齢者福祉制度

 
 

「性を語る会」代表 北沢 杏子

 
       
   

 去る3月19日(2009年)、群馬県の高齢者向け木造平屋建ての施設で起きた火災で、焼け跡から入所者の男女7人の遺体がみつかった。さらに病院に搬送された3人も死亡、犠牲者は10人になった。問題は、この自称「有料老人ホーム」の入所者20数人のうちの15人が、東京都墨田区から送られてきた生活保護受給者だったことだ。
 墨田区によると、都市部の施設は、自力では生活できない生活保護受給者で飽和状態。親族の支援が得られない人が福祉事務所に駆け込んできた場合、区は他県の施設に送り込む他はない(毎月の生活保護費は区が直接施設に払う)という。一方、施設側は「正式に届けると職員数や防災設備他施設基準を満たすための投資が必要で利用料が高くなる。高くなれば生活保護受給者は受け入れられないから(施設を満室にして運営するためにも)あえて届け出ていなかった」とか。
 当日の宿直も女性の職員が1人だけ。入所者のおむつ交換もなおざりのうえ、掃除の世話もほとんどなく、入所者は放っておかれた状態だったことが、救助された入所者や地域の人らの証言でわかった。寝たきりでからだの自由がきかない入所者の部屋には、外から施錠されていたという。まさに「姥捨て山」現象で、東京23区に住民票がありながら、都外の施設で暮らす生活保護受給者は、“届け出”済みの施設も含め、遠くは北海道から沖縄県まで24道県にまたがり、少なくとも1,400人以上いることがわかった(朝日新聞調べ)。

 折も折、本年4月から実施予定の新要介護認定方式では、認知症関係者が「命にかかわる重要な調査事項」と指摘する「火の不始末」が削除された。理由は「これを削除しない限り、1日中職員がついていないとダメとなり、介護費用がかかりすぎる」ということらしい。本年度末までの認定調査の項目は82。これが4月からは72項目に削減される。削除される項目には認知症にかかわるものが多く、次々と改悪されていく「要介護認定制度」は、日本の福祉のお粗末さを如実に露呈している。

 お話変わって……プロの納棺師の業を描いて、米国アカデミー賞、モントリオール・グランプリ賞を受賞した映画『おくりびと』(監督 滝田洋二郎、脚本 小山薫堂)が、いま大人気で映画館の前には行列ができている。私も観に行ったが、まず脚本がうまいし、主演の俳優もいい。古式にのっとって死者の清拭、死化粧、帷子をかけて着衣を引き抜く様式美、そして両手を組みあわせ数珠をかけ……家族・親族が見守る中、納棺の儀式が終る。米アカデミー賞審査委員から見たら、驚くべき死者の尊厳と静謐な野辺送りとうつったに違いない。私が観た映画館の客席のあちこちでも、すすり泣きが聞こえ、「私もあのようにおくられたい」と囁く老婦人たちの声が起こった。

 再びお話変わって……私は現在、連日「学生ゼミ(年間700名)」を行なっている。対象は主に医大附属看護専門学校3年生で、学校側としては保健師、助産師としての専門知識だけではなく、フィールドワークとして、私の許で社会学的、政治学的、あるいはフェミニズムから視た医療問題を学ばせたいという意図のようだ。テーマは、学生側からの希望で「赤ちゃんポスト」だったり、「障害者問題」「AIDS」「同性愛」といろいろだが、最近、「高齢者の性と死について」と要請され、慌てて調べ始めたところだ。そこで『おくりびと』の話を導入に、その前――つまり死ぬまでの「生活保護受給者ホームの火災」や「要介護認定制度」など、日本の高齢者福祉制度の残酷さに気づく講座を始めようと、いま準備に大わらわなのである。

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