2009. 9月

       
 

被虐待児の臓器提供をうやむやにする

「改正」臓器移植法の問題点

 
 

「性を語る会」代表 北沢 杏子

 
       
   

 去る7月13日(09年)、脳死をめぐる数々の問題点を討議しないまま、「改正」臓器移植法が成立した。衆院総選挙を控え、会期末が迫る中の慌ただしい審議の中で……。最も重要な問題点は、それまでの「臓器移植の場合に限り脳死は人の死」とする文言を削除し、「脳死は人の死」を前提としたことだ。
 「脳死は人の死」と前提することによって、脳死になった人に臓器を提供する気持ちがあったかどうかがわからなくても、家族の同意で臓器摘出ができるようになった。いままでは「民法で遺言を残すことができない」として認められていなかった15歳未満の子どもの臓器提供も、家族の同意によって認められるようになったのだ。とくに乳幼児の場合、もし、児童虐待が理由で死亡したとしても、その刑事責任が問われぬまま臓器提供が優先してしまわないか?の疑念が湧く。

 現在、虐待で死亡する子どもの数が増え続けているという。その数は親子心中を含めると年間100人余。1週間に2人の子どもの命が失われていることになる。うち、心中以外で死亡した子どもは、3歳までが80%。その半数を零歳の乳幼児が占めている。理由は、望まない妊娠、母親が精神的に問題を抱えている、この不況下で職を失ったり、単身家族への児童手当カットなど、経済的理由も少なくない。ついでながら、親子心中は、日本独特の『子どもの権利条約』および『日本国憲法』違反だと、私は思っているのだが……。

 乳幼児の「長期脳死」について専門医による研究班の実態調査では、人工呼吸器を外す無呼吸テストを含む検査を2回以上行なう厳格な判定をした20例について、心(臓)停止まで30日以上保った長期脳死児は7例、100日以上が4例、300日を越した子どもも2例あったという。「脳死から心停止まで数日程度」という成人の脳死は、乳幼児には当てはまらない、ということが一般に広く知られていないことも大きな問題だ。しかも、この長期脳死の期間に、子の身長が伸びたり爪が伸びるという現象も見られるというから、「脳死は人の死」と、ひとくくりにして、その臓器提供を親の承認だけで認めてよいものだろうか?
 多くの日本人が臓器提供を受けるために渡っている米国では、昨08年、脳死と心停止の約8,000人から臓器が摘出された。生後1週間未満のあかちゃんからも法的に摘出できる。「虐待した親を刑事罰に処することと移植とは関係ない」という著名な専門医らの考えから、毎年、虐待を受けた100人前後の子どもらも摘出されているという。家族の承認だけで臓器提供を可能にする今回の法成立は、「渡航移植」を規制しようとするWHO(世界保健機関)の動きを読んだ結果らしい。しかし、このWHOの規制は、日本ほかの先進国が東南アジアなどの最貧国の人身売買ブローカー(正しくはトラフィッカー)によって誘拐、売買された子どもの生体臓器の取引を規制するものであり、米国での移植を指しているものではない。

 もちろん臓器移植問題は、移植医療によってしか助からない子どもへの、移植を切望する親たちがいる。一方、たとえ脳死と判定されても、長期脳死かもしれないわが子を、心停止まで抱きしめていたい親の心情も配慮しなければならない。「みとりの医療」といって、残された時間、集中治療室で親が添い寝をしたり絵本を読み聞かせする機会を提供したり、容態が悪化しても強心剤や心臓マッサージなど、子が苦しむ一過性の治療を施さずに、親が子どもを抱いて、その最後を静かに受容できるケアの充実も必要だ。
 今回の「改正」臓器移植法には、3年後の見直し付則がつけられているから、(1)被虐待児からの臓器提供防止策の実施。(2)幼児の脳死判定基準の検討。(3)提供児(ドナー)の家族の精神的ケアと支援を熟考し、再度、法改正を望みたい。

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