カイロ・国際人口開発会議の宣言『性と生殖に関する健康/権利』(Reproductive health / rights)――これは私の性教育上のゆるぎない理念である。この中で特に思春期の若者に関する条項は「10代の若者が自分のセクシュアリティを理解し、望まない妊娠や性感染症(HIV/エイズを含む)の危険から自分を守るのを助けること。(略)女子の自己決定権を尊重し、性と生殖に関する事柄について男子は女子とその責任を分担するという教育を行なわなければならない」と規定している。
さて今回は特に、児童養護施設や児童自立支援施設(旧教護院)などで問題になっている、10代の男子間の性暴力・性支配について記したい。過日、私が代表を務める「性を語る会」主催のシンポジウム『非行少年・少女の性行動――その“育てなおし”と支援――』で、ゲストスピーカーの児童自立支援専門員のI氏は、施設内での子どもたちの性的問題の実情を訴えている。「児童養護施設で問題行動を起こして、児童自立支援施設に措置されてくる子は、殆どが男子の同性間における性暴力です。養護施設内で年長の子から性器をなめさせられるとか、アナルセックスを強要されるとか、そういった被害児が年長になると、こんどは年下の男の子に(同じことを)強要するようになっていく。(略)この悪循環をどこかで食い止めなければという想いから、(児童福祉施設主体の)「性教育研究会」を起ち上げたのです」と。
私もこの性教育研究会に参加しているので、長年の性教育実践者としてMSM(男性とセックスする男性)への啓発教材を作ろうと考えた。で、取り組むことになったのだが、いままで研究したこともなかった分野、題して「肛門学」の研究である。といって最初からオーラルセックス(口腔性交)やアナルセックス(肛門性交)の害について説明したのでは、身体的・心理的成長期真っ只中の10代の反発を招くのは明らかだ。そこで、「腟」と「肛門」の構造の比較から始めることにした。
腟はあかちゃんが生まれてくる道だから、その粘膜は厚く丈夫にできており、長さは8〜10cm。また、腟内は腟壁の組織に蓄えられたグリコーゲンが、乳酸に分解されて腟内を常に酸性に保ち、外から入ってくる病原菌の繁殖を防いでいる。
それに比べて肛門の長さはわずか1.5cmしかなく、その先は直腸になっている。消化されないで残った食べ物のカスや、腸の粘膜から剥がれ落ちた細胞や、さまざまな細菌などが混ざった便が溜ると、自律神経が働いて便意をもよおし、肛門の内括約筋(不随意筋)がゆるんで直腸へと降りてくる。で、トイレに行くと、それまでしっかり閉じていた外括約筋(随意筋)がゆるんで、排便が行なわれる。この2つの括約筋は、普段は二重のゴムバンドのようにしっかり閉じていて、その周辺には毛細血管が網の目のように張り巡らされている。
愛しあっている女性と男性が性交をする場合は、大前庭腺から分泌される液が潤滑油のように腟口周辺をうるおすので、性交が行なわれても、腟口や腟内の粘膜が傷ついたりはしない。
ところが世の中には、無理に肛門性交をする男性がいる。肛門の長さはわずか1.5cm、その奥は直腸だ。男性性器は、強引に外括約筋と内括約筋をこじ開けて直腸の中に挿入される。こういう行為が行なわれると、括約筋に網の目のように張り巡らされている血管が切れて出血(切れ痔)、また、薄くて傷つきやすい直腸の粘液にも、かすり傷ができる。直腸の粘膜は、人体の中で最も吸収力のある粘膜――そんなところに射精すれば、さまざまなSTD(性感染症)の病原体が吸収されるのは、火を見るより明らかだ。HIV(エイズのウィルス)感染は、MSMが感染ハイリスク群の第2位※となっている。また、性器を挿入する側の男性も、その尿道口から大腸菌他が入ってきて、尿道炎、B型肝炎、尿路感染症など、さまざまな感染・発症が報告されている。
肛門の内括約筋は、自律神経と密接に連携している。S字結腸に便が溜ると、自律神経→内括約筋→外括約筋の順にゆるんで排泄となる。それが、肛門性交を強要されて括約筋の不自然な開閉が頻繁に行なわれると、自律神経にも影響を及ぼすともいわれている。
自分の体は自分のもの。自分の健康は自分でしか守れない。自分の体を大切にすると同時に、他人の体も大切にと考えれば、相手の意思に反して無理な肛門性交をする男性は、相手の人権を蹂躙したとして「強制わいせつ罪」になることも知っておこう。
※ UN AIDS最新情報:HIV感染経路のハイリスク群は、IDM(麻薬乱用者の注射器のまわし打ち)、MSM(男性とセックスする男性)、セックスワーカー(売春男性も含む)、受刑者(刑務所内の性支配・性虐待による)、移住労働者(出稼ぎ男性の買春、出稼ぎ女性の売春)の順になっている。
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