いま、警察、検察の取り調べの様子を録音、録画する「可視化」への要望が、一部の司法の専門職の方々や、一般市民の間に(特に裁判員制度実施以降)高まっている。が、法務省は全面可視化には消極的のようだ。
元・リクルート会長の江副浩正さん(74)は、朝日新聞「耕論」※の紙上で、1989年に東京地検特捜部に逮捕され、113日間拘留された時の取り調べの様子を、こう語っている。「壁に向かって立たされたり、土下座させられたり、耳元で“ばかやろう”と怒鳴られたり、座っている椅子を蹴飛ばされて椅子から転げ落ちそうになったり……(略)、とりわけ4日間連続で取調室の壁に鼻がくっつくほどの至近距離に、目を開けたまま1日計10時間近くも立たされ……(略)、最終的には私が話してもいない内容の供述書を検事が作成し、「これに署名しなければ長期拘留になる」と脅されて署名してしまいました」と。
記憶に新しい例では、元・厚労省局長の村木厚子氏(54)=無罪確定=の「郵便不正事件※※」がある。この事件は、村木氏が厚労省・元・係長に偽の証明書の作成を指示したとする、大阪地検特捜部の見立て(シナリオ)に合わせて、元・主任検事Mが、証拠のFD(フロッピーディスク)を改ざん、上司ら2人もその事実を知りながら、問題が発覚しないよう積極的に隠した(犯人隠避)という事件である。報道によると、特捜部には、被疑者の供述を引き出す技術のある検事を「割り屋」と呼んでエリート視してきた歴史があるという。
上記リクルート事件でも、今回のFD改ざん・隠避事件でも、警察や検察の取り調べには、あらかじめ推測したシナリオがあって、容疑者の尋問をシナリオ通りに誘導、自白させたのではないか、と疑いたくなる。というのも、去る2010年7月に、私が代表を務める「性を語る会」主催のシンポジウム『非行少年・少女の性行動――その「育てなおし」と支援――』で、ゲスト・スピーカーの杉浦ひとみ弁護士から、次のような話を伺ったからである。
「取調室はとても狭い部屋で、中央に机があります。少年は刑事と対面で話しますが、タバコの煙を吹きかけられたり、机をガン!とやられたら、警察の拘留所で寝泊り(拘留)しなければいけない少年は、それだけでおびえてしまいますよね。最も心配なのは誤った自白をする恐れが出ることです。例えば、共犯事件でA・B・Cという少年がいて、警察がCに「AとBはこう言ってるのに、お前だけ話が違う」と言ったとします。警察としては、話の辻褄が合わないままで書面を作ると検事から文句を言われますし、法廷ですんなりと有罪にならない。ですから、警察は(検察・裁判所との関係で)有罪となるだけのきっちりとした調書を作ることがルーティンワークになっています。そのためにどうするか?
警察は少年Cに向かって「AとBはこう言っているけれど、お前はちょっと違うね」という。「でも僕はこういう記憶なんです」と答えると、そこでストップして調書もとってくれない。「もう一度聞くけど(供述の)ここのところはどうだろう?」と言って休憩する。暫くして部屋に戻ってきて「さっきのところなんだけどさ」という調子で、ずっと同じところから進まないのです。少年Cからすれば「そこにいたと言えばいいんだな」「それさえ言えば、この執拗な取り調べから開放されるんだな」と思うから、「やりました、そこにいました」と、相手が望む答えを言ってしまう。こういった流れが、事実を誤る供述のもとになるのです」と。
次に、「可視化」についての私の質問に、杉浦弁護士はこう答えている。「現在、可視化は進めようとはされていますが、警察や検察の抵抗があって、まだ実現していません(略)、法律家はそれによって冤罪が防げるのであれば導入していくべきだと思っていますが、現場では膝詰めで、職人技で“落とす”のをよしとしている人もいるようで、難しいところです」。
職人技で落とすのをよしとすることについて、元・警視庁捜査一課長の久保正行さん(61)は、同じ“耕論”でこう述べている。
「昨年度(2009)から、警察は問題のある取り調べがないか、透視鏡で取調室の様子を点検する制度を導入しました。これだけで、取り調べに集中しづらいとの声も聞く。取り調べに執念を燃やすのは、日本の警察の伝統のようなもので、職人技でもある。私は「可視化」の導入によって、この良き伝統、真実追求の執念が、日本の警察からなくなるのが、最も大きな損失だと思います」と。 (次回に続く)
※2010年12月8日 朝日新聞“耕論”「取り調べの可視化」
※※某企業が、郵便物割引制度の適用を受けるため、“心身障害者団体「凛の会」”と偽って申請。元・厚生省局長村木氏が署名、公印を押したとして逮捕・起訴された事件。
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