前回に引き続き、「脳死は人の死か?」の論争と、改定が繰り返される「臓器移植法」の経緯を辿ってみる。
●1985年、竹内一夫杏林大学教授による、いわゆる「竹内基準」が『脳死判定基準』とされたが、そこには「脳死をもって人の死としない」と明記されている。
●1992年、脳死臨調で初めて、(多数派意見として)「脳死=人の死」が提出された。理由は、脳は体の各部分を統合する機能をもつ。脳が停止すると体の機能を統合することができず、数日後には心停止に至る。よって“脳死は人の死”という、脳の有機的統合性を核とした理論である。
ところがその後、集中治療医学や救命医学の進歩によって“長期脳死”が証明された結果、厚生労働省は2000年、「脳死であっても30日以上生きる症例を長期脳死と呼ぶ」と発表せざるを得なくなった。
●2009年、第171回国会において、衆議院では4つの案(A、B、C、D)が、参議院ではA案も含めた(A、E、A’)の計6案が提出されたが、「脳死は人の死か」の議論は尽くされないまま、A案が成立した。
臓器移植に関する現行法の概要は、@死亡した者が生前に、臓器移植の意思を書面(ドナーカード)に表示しており、遺族が拒まない限り、「脳死=人の死」として、その臓器を摘出できる。A未成年者の臓器提供意思表示可能な年齢は、民法上の遺言可能年齢を参考として、15歳以上とする。B2010年1月17日からは、2009年の法改正により、親族に対しての臓器提供は、優先的に書面により意思表示できることとなった。C2010年7月17日からは、
本人の臓器提供の意思が不明な場合は、家族の承認があれば可能となり、 15歳未満の子どもからの脳死下の臓器提供も、家族の承認があれば可能となった。
さて、お話変わって、前回の「臓器売買画策容疑」事件に戻そう。東京都江戸川区のクリニック院長 堀内利信容疑者(55)が、腎不全の自分への腎臓移植のため、暴力団組員と虚偽の養子縁組をして腎臓提供を受け、愛媛県の宇和島特洲会病院で手術が成功裏に終ったという事件である。執刀を担当したのは同病院勤務の松本一朗医師(38)で、手術を受けた堀内利信容疑者の妻は、警視庁の調べに対して「手術前に松本医師に臓器売買による移植であることを明かし、口止め料として30万円を支払った」と供述。一方、松本医師は「一切知らない。知っていたら即座に手術は中止した。(金銭の授受についても)絶対にあるわけがない」と否定している。
ここで、もうひとつ大きな問題がある。前述の臓器移植法のBの「親族に対しての臓器提供は優先的に認める」という条項だ。第1回目の臓器提供者(A暴力団の組員)と金銭的トラブルから失敗した堀内容疑者は、こんどは別ルートのB暴力団の紹介による19歳の組員が、20歳になるのを待って養子縁組をしており、“親族優先の法の下に”臓器提供を受けていることだ。このとき、堀内容疑者の妻は、B暴力団側に渡した謝礼800万円の授受の様子をビデオ撮影している。というのも、前回のA暴力団に1,000万円の謝礼金を手渡したにもかかわらず、手術前になって「お互い臓器売買は違法だと知っているはず」と、再度1,000万円要求され、決裂した苦い経験があったからだ。
この報道で、またまた大きな問題があることが判明した。当時19歳の臓器提供少年が、20歳になるのを待って養子縁組という戸籍上の操作を行なったのは、20歳未満者との養子縁組には家庭裁判所の許可が必要なため、臓器売買の発覚を恐れてのことだったということ。そしてもう一つは、養子縁組届の前に、縁組解消の手続きである離縁届に署名押印することを、謝礼金の条件としていたことだ。つまり、優先的臓器移植には、養子=親族関係であることが必要だが、手術が終った時点で絶縁しておかなければ、再度暴力団からの脅迫がある可能性もあり、養子として財産相続の権利も生じてくるからに違いない。
こうして、現行法を利用した虚偽の臓器移植の真相は、大きな社会問題となった。現在、改正臓器移植法施行で、脳死での臓器提供数は増えたとはいえ、腎臓の提供数は増えておらず、12,000人の移植待ち患者に対し、年間1,200例前後にとどまっている。ともあれ、今回の臓器移植売買事件で、現行法の見直しを検討する必要があるだろう。
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