1997年4月29日、『新しい歴史教育の創造に向けて』のタイトルを掲げての、福岡教育連盟(FENET)発足記念講演は、「起立!国歌斉唱!」の大音響と共に開幕した。パネリストは“新しい歴史教科書をつくる会”の西尾幹二、高橋史朗、藤岡信勝、小林よしのりの錚々たるメンバー。630席の大会場の要所要所には、黄色のジャンパーに身を固めた実行委員の教員らが監視しているから、命令どおり起立しないわけにはいかない。
私の左隣には前日の28日、下関地方裁判所で判決の出た『関釜裁判※』の原告団団長兼通訳として来日していた金文淑さん、右隣は知らない男性だが、反対派と見えて起立はしたものの歌わない。見渡すと、朗々と歌っている教員群、ムンズと口を閉じて起立しない人びとがパラパラと混っている。と、黄色のジャンパーの監視人らが足早に、それらの人びとに近づいていくのが見えた。
※韓国釜山市および光州市在住の元「日本軍慰安婦」3名と、元女子挺身隊として富山県・不二越工場で労働を強いられた女性(当時12〜13歳)7名が、日本国の公式謝罪と賠償を求めて1992年に提訴した裁判。
■旧日本軍「慰安婦」問題と、“新しい歴史教科書をつくる会”の関係
1991年8月15日、韓国ソウル市の韓国挺身隊問題対策協議会(代表・梨花大学英文科 尹貞玉教授)の許に初めて、「“慰安婦”だった」と名乗り出た勇気ある女性は金学順さん(64)だった。このカミングアウトが契機となって、北朝鮮、韓国、台湾、中国、インドネシア、フィリピンをはじめとする東南アジア、太平洋諸島地域の元「慰安婦」が続々と名乗りを上げ、日本政府への謝罪と賠償を求めるいくつもの裁判が起こされた。
これら戦時下の性暴力・性支配の真実を次世代に語り継ぐ必要があるとして、1997年4月から使う中学校歴史教科書(7社)すべてに「慰安婦」問題が記述された。が、これに抗するかのように前年の1996年12月、“新しい歴史教科書をつくる会”が発足する。その勢いたるや大変なもので、私が資料として購入した書籍の題名を並べてみると、『従軍慰安婦を中学生に教えるな――自虐史を学ぶ子どもたち』『国民の油断――歴史教科書が危ない!』『NOといえる教科書――真実の日韓関係史』など、十指に余る。
こうした反撃を恐れてか、あるいは同調してか、2002年4月には、中学校歴史教科書から「慰安婦」の記述は削除され、2005年には遂に“つくる会”編・著の「歴史教科書」扶桑社版が教科書検定で採択された。
この勢力は日に日に拡大し、来年(2013年)から使われる高校の世界史・日本史教科書19点のうち、「沖縄集団自決は軍の関与」と明記したものは4点のみとなった。私の手許にある資料としての書籍の題名も、いち早く『現代史の虚構―沖縄大江裁判・靖国・慰安婦・南京・フェミニズム』(2008年文藝春秋刊)となっている。
■東京都教育委員会の「10.23通達」とその後――
東京では2003年10月23日、石原都知事都政の下、都教育委(横山洋吉教育長)による入学式・卒業式時の国旗掲揚・国歌斉唱を強制する通達(10.23通達)が出された。通達により校長は教員1人1人に「職務命令」を手渡し、式当日には教育委が各学校に職員を派遣。通達どおりに式を実施しているかどうかの監視が行なわれ、今日に至っており、その間に処分を受けた教員たちの係争中の裁判は、あとを断たない。
不起立・不斉唱の懲戒処分とはどんなものか?ある教員のケースをみると、1回目は卒業式時の不起立で戒告。2回目の不起立で減給。3回目の不起立では減給に加えて、3回繰返した加重処分として1ヵ月から3ヵ月の停職処分となっている。
2012年1月6日、167名の教員による『戒告処分取消』裁判に、最高裁判決が下された。判決の主文は「原告らの上告を棄却し、減給処分の1名を除いた166名の原判決を破棄する」というものだった。
3月8日(2012年)、東京都教育委員会は、国歌斉唱時の不起立などで懲戒処分になった教員への“再発防止研修会”の講義内容に、「教育における国旗掲揚と国歌斉唱の意義、学習指導要領にある日の丸・君が代の取り扱い、および教育者の責務」を盛り込むと明言。さらに、これまでは夏休み前の7月中旬頃だった“再発防止研修会”の時期を、卒業式での処分者の場合は4月の入学式前に行なう――つまり、卒業式で不起立だった教員が、続く入学式で再度不起立を行なわないよう歯止めをかけたと思われる。
■慰安婦問題で韓国大統領が会見
3月21日(2012年)、韓国李明博大統領は、朝日新聞などの会見で「旧日本軍慰安婦問題の早期解決を!」と訴えた。日本側はずっと、「この請求権問題は日韓請求権協定締結(1965年)で解決済み」として、応じてこなかったが、李大統領は「その時点では慰安婦問題は明らかになっていなかった。法律的問題ではなく、人道的支援を優先すべきだ」と強く主張している。さて、またもや“新しい歴史教科書をつくる会”が、激しい反撃に出るのではないだろうか?
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