2012. 9月

       
 

中国の「一人っ子政策」と強制中絶・強制不妊手術  

そのU

 
 

「性を語る会」代表 北沢 杏子

 
       
   

■「生育指標」という名の“子産みキップ”
 「一人っ子政策」の第1子出産後の待遇は、当然のことながら手厚い。避妊薬ピルはもちろん、避妊法(ノルプラント※)、避妊手術(卵管結紮)、人工妊娠中絶など全てが無料。一方、2人目の子どもを生んだ場合は、3年分の年収にあたる高額の罰金、または給与の5〜10%を7〜14年間削減するなど、厳重な罰則が科せられる。
 更に驚かされるのは、子どもを産みたい夫婦は、“計画出産当局”発行の「子産みキップ」の配布を受ける必要があり、その申請書には、職場での勤務成績、住居の有無、夫婦関係良好との証言まで必要だ。しかも子産みキップを取得した後、1年以内に妊娠しなかった場合は返還しなければならない規定がある。というのも、この子産みキップの抽選を待つ長蛇の列の「子どもを産みたい女性たち」に、その権利を譲らなければならないからだ。キップ返還のやむなきに至った女性は、また次の抽選のチャンスを待って申請することになっている。

■ノルプラントを上腕の皮膚の下に埋めることも―
 1994年5月、私は上海性教育協会の招聘で「AIDS予防教育」の講師を勤めたが、事前に、HIV感染の主な原因である性交と感染予防のためのコンドームの使用には言及しないことを約束させられた。というのも、中国の国家戦略である「純潔教育こそがAIDS予防のかなめ」であり、更に、結婚までは男女とも純潔であることが、国家指標の人口抑制への大きな貢献である―と若者たちに刷り込むことが喫緊の課題でもある故だ。
 『情、愛、性――婚恋展示』の看板を掲げた会場には、若者への戒めとして×印のついた多角愛、婚前性行為、非法同居、若年婚、婚外恋の他、同性愛は性変態、愛慈病は死病と、ひとかけらの人権意識も感じられないプレートが展示され、洗脳された若者たちで賑わっているのだった。
 この会場で私は、小学校の女性教員と親しくなったが、彼女の避妊法を聞いて更に驚かされた。彼女は私に腕の内側を見せてくれた。そこにはノルプラントが埋められているとかで、傷跡も痛々しい。現在3歳児の母親だが、今後成育途中で重い病気にかからない保証はない。もし死亡でもしたら、もう1人産む権利がある。そのため5年間有効のノルプラントを2回繰り返して埋め込んで避妊、子どもの健康を確認してから卵管結紮をするつもりだと言う。10年間もノルプラントを腕の内側に埋め込み続ける彼女の健康への副作用を推察して、背筋が寒くなる思いであった。

■ウィグル自治区の人口政策―地域の妊娠可能年齢の女性50人にIUD※※挿入
 1999年6月、私は中国・ウィグル自治区のホータン周辺を旅した。この地は紀元前2世紀、于国と呼ばれ、後方に崑崙山脈、前方にタクラマカン砂漠が迫る、シルクロード南路の要所である。
 6月9日(2012年)、ホータンの宗教施設でコーランを学んでいた児童ら12人が火傷を負い病院に搬送されたとの報道があった。イスラーム教への弾圧か?と胸が痛む。このイスラーム圏での中国・人口抑制法について記そう。
 私が訪れたのは、ホータン市から30キロほど離れた80世帯、365人のマリクワティ村。農業と放牧、養蚕、葡萄の生産で生計を立てており、年収は6,000元(約9万円)。村民の殆どがウィグル族で、熱心なイスラーム教徒だ。この村に人口抑制の通達が来たのは「一人っ子政策」が施行された翌々年の1982年。中国都市部への厳しい出産規制も、少数民族には政策上、少々緩くしてあって、2人までは産んでもよいとされている。村の婦人会長マイモニハーンさん(52)によると、通達が来た時点で既に3人以上の子どもを持ち、まだ妊娠可能な女性が50人もいたため、トラックに乗せて20キロ離れた公立病院へ送り込み、全員にIUDを挿入。かなりの効果をあげたという。
 地域の“計画出産当局”から割り当てられた制限出産数は年6人。村役場の黒板には、1999年と2000年に産んでもよい夫婦の名前が6名ずつ書き出されてあり、村の各戸の入り口には、白地に赤のウィグル文字で「計画出産は国家の繁栄と家庭の幸福をもたらす」と、中央政府のプロパガンダの刻まれたブリキの看板が打ちつけられてあった。

■強制中絶は、出産割当枠を守るための地元当局の仕業か?
 陝西省の事件が発覚した2ヵ月前の4月2日、福建省田市仙遊県で、妊娠8ヵ月(32週)の妊婦、潘春煙さんが、5.5元の罰金を支払ったにもかかわらず、強制中絶が強行されていたことが発覚。こうして、陝西省、山東省、福建省と、全国規模で発覚した強制中絶。中央政府は「2001年の法改正で、妊娠後期の中絶は違法である」旨を通達していると主張。これに対し地方当局は、中央政府が指示した“出産割当枠”を順守するため、やむをえず強制中絶を実行したと反論している(この政策施行から30数年―中国の現在の人口は13億5000万人を、辛うじて保っている)。
 1994年のカイロ国際人口会議は『性と生殖に関する健康と権利』を決議決定した。世界中の全ての女性が、自ら自分の人生について決定できる日が来ることを、声を大にして叫びたい!!

※皮下埋め込み式の避妊法。直径2ミリ、長さ2センチのカプセルの中に特殊な黄体ホルモンが入っており、5年間有効。
※※子宮内避妊具。医療機関で子宮内に挿入。着床を妨げることで効果が大きい。(ちなみに日本では母体保護法により、妊娠22週以降の中絶は禁止されている)


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