2012. 10月

       
 

民衆が国政を動かした!
韓国の小説「トガニ」と映画「トガニ 幼き瞳の告発」  

 
 

「性を語る会」代表 北沢 杏子

 
       
   

 2012年10月1日から「障害者虐待防止法※」が施行される。本稿ではその「第5章 就学する障害児・者に対する虐待の防止」の、教育現場での障害児への性虐待防止の重要性を再認識するために、韓国の女性作家 孔枝泳(49)著「トガニ(るつぼの意)※※」と、この原作を映画化した「トガニ 幼き瞳の告発※※※」について記そうと思う。
 原作「トガニ」は実話を基に綿密な取材とフィクションをまじえた小説として雑誌に連載。映画は更に、目を覆いたくなるような性虐待の場面や法廷でのスリリングな聴覚障害児の証言など、強烈な映像に仕上がっている。
 2005年に発覚した光州市の聴覚障害児学校インファ校内での、校長、行政室長、寮の生活指導員らによる障害児への性虐待事件は、内部告発に始まって、ドキュメンタリー番組としてテレビ放映。視聴者の署名運動と民衆のデモ。2007年に裁判、2009年小説「トガニ」発行。2011年、映画「トガニ 幼き瞳の告発」公開。この映画が460万人の観客を動かし、2012年、既に司法決着していた被告の再逮捕、再審判、懲役12年の実刑宣告へと発展したのだから凄い。更に、「性暴力犯罪の処罰等に関する特例法」の改正(通称「トガニ法」)、そしてインファ校の閉校と決着したのである。ストーリーを紹介しよう。

 映画は冒頭から、霧の立ち篭める鉄道の線路わきを歩く幼い少年が列車に轢き飛ばされるショッキングなシーンで始まる。霧の街として知られる霧津市の聴覚障害児学校の教師としてソウルからやってきた若い教師カン・イノは、着任早々、学園に漂う不穏な空気を感じ取る。校長室には、校長と瓜二つの顔をした双生児の弟、行政室長が待ち受けており、彼に向かって右手の5本の指を広げてみせる。イノは驚いてハイタッチをするのだが、なんと就職謝礼金5,000万ウォンの催促だったのだ。後の裁判の場面ではっきりしてくるのだが、慈善事業を装う学校経営者らと行政、警察、そして司法までが癒着しており、常時、こうした膨大な金銭取引きが行なわれていたのである。
 ある日、残業を終えて帰路に着いたイノは、人気のない校舎で異様な叫び声を聴く。声のするトイレに走るイノ。トイレは内側から鍵が掛けられていた。彼は知るべくもなかったが、実は彼の担任の13歳の少女ヨンドゥが校長から性虐待を受けていたのだ。寮から実家に帰ったヨンドゥの訴えで、母親はこの事実を知り、霧津人権センターの女性幹事ユジンに助けを求める。
 ユジンの正義感に触発された新任教師イノは、共に上司たちの悪行を探り始める。その結果、ヨンドゥだけではなく、聴覚障害と知的障害を併せ持つユリに至っては10歳の頃から校長や行政室長による性虐待を受け続けていたこと、14歳の少年ミンスが生活指導員パクからアナルセックスの性虐待を受けていた事実が判明する。しかも、冒頭で鉄道自殺をした幼い少年はミンスの弟で、同じようにパクから性虐待を受けた結果の自殺だったのだ。

 人権センターのユジンの報告で事件を知ったテレビ局は、ヨンドゥ、ユリ、ミンスの3人から手話通訳を通してドキュメンタリーを制作し放映。市民の大反響を呼び、被害者側が告訴。校長、行政室長、生活指導員は逮捕され、裁判となった。
 映画での法廷の場面は圧巻だ。被告人として拘置所の同じ青い服を身につけ、全く同じ顔の校長と行政室長の前に立つ証人の少女ヨンドゥ。検事の尋問に続いて、被告側の弁護士は彼女に「どちらがあなたを性虐待したか?」と詰問する。傍聴席の群衆がハラハラと見守る中、賢明なヨンドゥは手話で「彼は私を性虐待した後、いつも“このことを他人に言ったらタダではおかないぞ!”と言いました」と表現。手話のできるのは2人のうち校長だけだったから、この証言に動揺した校長の狼狽ぶりを確認したヨンドゥは、毅然として校長を指さす。
 こうして裁判は3人の障害児側に有利に運ぶかのようにみえたが、貧しい親たちは被告側から持ちかけられた高額の示談金に応じ、サインをしてしまう。その結果、控訴審で加害者らは、執行猶予つきの軽罰となり、社会復帰してしまう。だが、冒頭にも書いたように、その後の、小説「トガニ」の出版、映画「トガニ 幼き瞳の告発」によって、性虐待加害者らは再逮捕、再審判となる。2012年7月、光州地方院(地裁)は「トガニ法」によって、行政室長に対し(校長は死亡)、少女への“強姦致傷罪”で懲役12年の実刑判決。更に10年間の身元公開と電子足環装着を命じたのである。まさに、民衆が国政を改革させた快挙であった。


※障害者の養護者に対する支援等に関する法律  

※※孔枝泳著、新潮社、2012年5月刊  

※※※脚本/監督 ファン・ドンヒョク


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