「いじめ」が社会問題化し、解決策としての批判、議論、提案が沸騰している。安倍政権の教育再生実行会議(座長 蒲田 薫・早大総長)のいじめ問題に関する提言は@いじめ防止のための新たな法律をつくる。A第三者組織を設けて、いじめの通報を受け解決にあたる。Bいじめた児童・生徒には懲戒や出席停止など、毅然とした指導を行なう、となっている。
具体的には、「道徳」を教科に格上げし、いじめの定義や相談体制を定めた教育基本法の制定/いじめ被害が深刻な場合は、校長や教師が加害児童・生徒を懲戒したり、教育委員会が保護者を通じて出席を停止させる/(教育委員会は)いじめへの対応の仕方を、教職員の評価に反映させる/体罰禁止を徹底させるため、部活動指導のガイドラインを国が策定する―などとしている。こんなことが実行されれば、子どもたちのいじめ問題は更に陰湿なものへとエスカレートし、教職員は更に萎縮し、保護者のモンスターペアレントぶりは激化し、部活は消滅していくに違いない。
去る1月26日(2013年)、私が代表を務める『性を語る会』主催のシンポジウム「大切ないのちといじめ―私たちが、いま、考え、実行しなければならないことは―」が開かれた。この日、舞台に上がった16歳と18歳の高校生男子の「いじめられ体験と、いじめからの脱出」についての報告は、会場を埋めた大人たちに、驚くばかりの実態を知らしめたが、その解決策として次に舞台に上がった講師の方と2人の高校生は、いじめの解決策として、「母親がわが子の日常の表情や態度の微妙な変化に気づくこと」「母親がわが子への愛情を示す抱擁を忘れないこと」などが強調され、私は心から同調することができなかった。私は子どもたちが“日常の育ち”の中で人権意識を身につけ、いじめが人権侵害であることに気づく家庭教育、学校教育であってほしいと考えているので……。
同じ意味から、最近読んだ教育特集(朝日新聞 2012年12月27日)の中で、最も興味深かったのは、米国ハーバード大学政治学教授が東京・渋谷区の中学生35人を対象に行なった『いじめは なくせるか?』の模擬授業の記録だった。
サンデル教授(以下 教授)「自分が被害者になったら相談しますか?」。生徒「相談しない」。「親に言うのは恥かしい」。「親や先生に相談するとチクったと言われる」。教授は続ける。「あなたが教師だったら、いじめた子を停学にしますか?」。生徒「させない」。「停学にしたって、家でゲームをするくらいで、反省にはならない」。教授「米国では多くの州が“反いじめ法(法律)”を制定している。韓国では、いじめを知ったら教師に通告することを法律で決めているが、法で、目撃者に報告を義務づけるのに、賛成か?反対か?」。
賛成派生徒「法を作ったほうがいい」。「法を制定して苦しんでいる子を助けるべきだ」。一方、反対派生徒は、「誰かに密告されると思うと、まわりの友だちがみんなスパイに見えてきて、信頼関係を失う」。「報告を義務づける法律より、弱者を徹底して守る法律を!」。「法で国家に管理されるのではなく、個人が考えを変えることで解決すべきだ」。
さらに教授は投げかける。「では、いじめはなくせるか?」。なくせる派生徒群「小さい頃から、いじめは相手を死に至らしめると教えていくといい」。なくせない派生徒群「いじめは人間の本能で、完全になくすのは不可能」。「親から虐待を受けたり、貧困という社会背景がある限り、なくすのは難しい」。
この授業は初めから『いじめは悪』と教えるのではなく、正解のない質問を次から次へと、投げかけ、揺さぶるといった、中学生一人一人に「考えさせる」指導法だ。教授は最後に、こうまとめている。「いじめの議論を通して私たちは、いじめと人間性や、法の支配とは何かといった大きな哲学的な問いに直面した」。あとはそれぞれが“いじめの解決”について考えたまえ、という暗黙のメッセージ。生徒たちは「正解がなく、自由に意見が言えてよかった」。「学校でも、このような議論を繰り返すことで、解決に近づけるんじゃないか」と、感想を述べている。
最近、徳島県在住の元教師で詩人の友人から、小さな詩集が送られてきた。その中に「高越山」という詩がある。
小学校の四年生の頃だった/「富士山を見たことある人いますか」と、教室で先生がきいた/「ハーイ」と、一人だけ手を挙げた/「幸夫君、いつどこで見ましたか」「今朝、吉野川の土手で見ました」/みんながクスクス笑った/先生はにっこり笑って言った/「あれは幸夫君の富士山だね/と。
クラスの子どもたちは、徳島県の田舎に住んでいるから富士山なんか見たことないのに、と、馬鹿にして笑ったのだろう。けれど先生は「幸夫君にとっての富士山は、吉野川の向こうに見える高越山なんだよね」と、その子の個性を認めている。一人ひとり個性がある、その個性を認めるのが人権感覚なんだと、暗黙のうちに教える先生の、児童たちへの影響は大きいと思う。友達間の通報、出席停止、教職員への懲戒などではなく、大らかな、いじめ防止対策はないものか。
「いじめ」について考えるために、私は今、マイケル・サンデル著『これから“正義”の話をしよう―いまを生き延びるための哲学―』(早川書房 2010年9月刊)を読み始めたところだ。
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