2013年11月26日午後8時10分、「賛成の諸君の起立を求めます」の伊吹議長の声が衆院本会議場に響き渡ると、一斉に立ち上がる与党議員らの雑音で、民主、共産、生活など野党議員による「反対!」の声や机をたたく音は、かき消された。こうして阿倍政権は私たちの「知る権利」の侵害など多くの疑念を残したまま、「特定秘密保護法案」を強引に採決したのである。
その前日の25日、福島市で地方公聴会が開かれたが、意見陳述者7名全員が法案への反対を唱えた。「特定秘密の対象」は@防衛、A外交、Bスパイ活動、Cテロ防止の4分野だとして、「原発情報は秘密条項に入らない」と幾度弁明されても、原発事故の際の情報を隠され、放射能が流れた方向へ方向へと何度も避難させられた福島市民が疑うのは当然だ。とりあえず「市民の公聴会も行なった結果の採決だ」とのアリバイ作りだったとしか言いようがない。
同日、日本ペンクラブ、日本新聞労連、日本雑誌協会、日本書籍出版協会、日本弁護士会、ジャーナリスト連合の反対集会が行なわれ、衆院通過の報が伝わるや、国会前に集まった数百人の市民の怒号が厳寒の夜空に飛び交った。
法案は、秘密を扱う公務員が漏らした場合の罰則を最長で懲役10年と決め、「ジャーナリストの取材行為は処罰対象にならない」と言いながら、その取材行為が「取材対象の人格を著しく蹂躙するなど、社会通念上、是認できない場合は、処罰あり」とし、しかも、「報道機関への捜査は、検察に委ねられる」と規定している。こうなっては、公務員側は罰則を恐れて情報提供をためらい、取材活動も萎縮すること必至だろう。その結果、「主権在民」である日本国の市民たる私たちの「知る権利」は阻害の一途を辿るのは明らかである。そして何よりも、特定秘密の内容について、「何が秘密なのかが秘密でわからない」というこの法案が空恐ろしい。
去る11月2日、政府は現時点で秘匿している特別管理秘密41万2931件を、秘密保護法案の「特別秘密」に移行させる方針であることを、メディアによるインタビューで明らかにした。内閣官房が31万8886件、防衛省4万1527件、外務省1万8504件、公安調査庁1万2295件、警察庁1万2032件という、秘密件数の物凄さ!それにしても、文部科学省の秘密1件とは何だろう!?と、「教育」を仕事としている私は探りたくなる。
ところが政府の推計によると、特定秘密を扱う主な対象者は、外務・防衛両省や警察庁の公務員だけでも64,000人。これに他の省庁や都道府県警察および関係取引先の民間人を含めれば膨大な人数になるらしい。
その中の1人でも特定秘密を漏らそうものなら、前述のように最長懲役10年の刑。対象者に言い寄って特定秘密を取得した者も、それなりの処罰と罰金に処せられるという規定だから、うっかり聴くこともできないシステムなのだ。もし、記者がこの「法」にひっかかって提訴したとしても、弁護士も、何が「特定秘密」なのかを知ることができないから、弁護の進めようがない。それどころか、弁護のために「秘密」を探れば、弁護士も逮捕され、裁判官も「秘密」を洩らしたとして処罰される―といった異様な展開になることが予想される。
戦前の日本には「軍機保護法」や「国防保安法」、「治安維持法」があった。1933年、『蟹工船』の著者小林多喜二は、「治安維持法違反」で特高警察の手によって拷問され、死亡している。今回の特定秘密保護法案が、このあとの参院で可決されれば、日本は戦前と同じように、国民監視組織によって個人情報を見張られ、神経を擦り減らす日々になるのではないだろうか。
ふと新聞に目を移すと、「1943年、13歳の少女が“非国民”との罪状で、特高から殴る蹴るの暴力を受けた。与謝野晶子著『みだれ髪』の中の詩、君、死にたまうことなかれ(旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて)を読んでいたことが治安維持法違反とされたのだ」との記事。少女は、この本が政府から発売禁止にされていることも、まして“治安維持法”が何であるかも知らなかったのだ。いま、私たちは、この少女のように特定秘密の内容も知らないし、知らされないまま、同法可決の前に震えながら立っているのである。
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