2014. 6月
沖縄県八重山地区(石垣市、竹富町、与那国町)の教科書採択問題
3年間にわたって揉め続けた沖縄県 竹富町の中学校公民教科書採択問題は、文部科学省が訴訟を見送ることで決着した(2014年5月23日)。
本稿を書くに当たって、私は居住地の区立図書館に駆けつけ、育鵬社版と東京書籍版の中学校公民教科書の貸出しを受け、熟読を開始した。育鵬社版には何ヵ所か首をかしげる記述があったが、紙幅の都合で「日本国憲法」の頁だけを比較してみよう。
育鵬社版:大日本帝国憲法の制定 明治維新をむかえた日本では、1868年4月6日、五箇条の御誓文が示され、天皇自らこれを実践することを明らかにしました(略)。1889年、政府は日本の歴史や伝統、国柄の研究を行い、大日本帝国憲法として公布しました。日本国憲法の制定 第二次大戦で日本を破った連合軍は(略)、日本に再び(戦争の)脅威を与えないような政治体制にするため(略)連合国総司令部(GHQ)最高司令官マッカーサーは憲法改正を政府に求め、政府は大日本帝国憲法をもとに改正案を作成。GHQはこれを拒否し、自ら(僅か)1週間で憲法草案を作成、日本政府に受け入れるよう厳しく迫りました。(略)これが1946年11月3日公布、翌47年5月3日から施行されました、と記述。
一方、東京書籍版:日本国憲法の制定は、1889年の大日本帝国憲法は(略)、天皇が主権者と定められる一方で、人権は天皇が恩恵によって与えた「臣民の権利」とされ(略)、政府を批判する政治活動や自由な言論は抑圧されました(略)。1945年8月、日本はポツダム宣言を受け入れて、軍国主義を捨て、平和で民主的な政府をつくることにより(略)、GHQの作成した原案をもとに、憲法改正草案を作りました。この改正案は戦後初めて、議会で審議されて可決(公布、施行月日は同上)。それ以来、この日本国憲法は、戦後の日本の民主政治の基礎となっています―となっている。
また、東京書籍版が「沖縄と基地」問題に詳しく言及しているのに対し、育鵬社版は、日本の領土問題を、日本の排他的経済水域として、北端の北方領土(歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島)、竹島、尖閣諸島はもとより、西端の与那国島、南端の沖ノ鳥島、東端の南鳥島を赤い色でくっきりと示している。まさに現安倍内閣の意向どおり「日本国憲法はGHQから押しつけられたものであり、(周辺各国に対して)日本の領土と排他的経済水域を誇示するべきだ」といった時流にあわせた記述になっている。琉球大学の高嶋名誉教授は、「政治は教育に介入すべきではないにもかかわらず、安倍政権の意向がもろに現われた公民教科書だった」と非難した。
そもそも、この問題は2011年8月、八重山地区の協議会が12年度から使う中学校公民教科書を、保守系の識者ら「新しい歴史教科書をつくる会」の元メンバーが執筆に加わった育鵬社版の教科書を採択したことに始まる。教科書の採択は、教員らが教科書を調査・研究して推薦リストを作り、協議会委員がその中から選ぶのが慣例だった。なのに、協議会はリストにない育鵬社版を採択したのである。竹富町教委は独自に、東京書籍版を採択した。
これに対し文科省は、協議会の決定に従うよう求め、反するなら竹富町には「教科書無償措置法」を適用しないと勧告。竹富町は有志の寄付金で東京書籍版教科書を購入、2012年4月から使えるよう各中学校に配布したのだった。
これに対し、下村文科省大臣は2014年3月14日、竹富町教委に対して、地方自治体法に基づく「是正要求」を提出した。是正要求とは、地方自治体の事務処理が法令に違反している場合に、担当大臣が求める「是正」のことで、国側は従わない自治体に対し、違法確認訴訟を起こすよう県に指示できる、と規定されていることを指す。
一方、「地方行政法」は、市町村の判断で教科書を選定できると規定しており、こちらの“法”から見れば、竹富町教委は「合法」となるわけで、二つの法律により生じる矛盾解消のため、文科省は国会に「無償措置法改正案」を提出し、4月9日(2014年)に可決された。これには「採択地区を、市から市町村に細分化する条文」が付加されていたのである。
そこで、竹富町教委の慶田教育長は、「地区から分離、独立させてほしい」と要望し、県教委の教育長は「分離を希望するなら、意向を尊重したい」と了解。結果、5月23日、八重山地区の教科書採択問題は、文科省が竹富町への訴訟を見送ることで決着。竹富町教委の慶田教育長は「3年間、長かった!いろいろ大変だったが、教科書の内容や採択の流れに、市民の関心が向けられるいい機会になったと思う」と感慨深く語っている。
この中学校公民教科書採択問題―全国紙の社説は、竹富町教育委員会に対し賛成と反対の真っ二つに分かれている。上にあげた育鵬社と東京書籍の日本国憲法の解説、読者のあなたは、どう感じますか?