2014. 9月

日本の生殖技術と子どもの「出自」を知る権利
―AID(非配偶者間人工授精)で生まれた人々の声を聴く―                 そのT

■「こうのとりのゆりかご」が問いかけるものは?
 熊本市の慈恵病院・蓮田理事長が「こうのとりのゆりかご」の運営を開始※してから7年余になります。その間、有識者らによる検証委員会が、乳幼児預け入れの理由他の実態調査を行ない、2年毎に結果報告と勧告がなされています。
 それによると、第1次調査報告(2009年9月30日)では、81人の、第2次調査報告(2011年9月30日)では30人のあかちゃんが預けられています。第3次報告は2013年9月30日までの調査ですが、ネットで調べても、その間預けられた数は不明でした。おそらく現在も、年間10人から15人が預けられていると推定されます。
 検証委員会の慈恵病院に対する勧告は、毎回、「匿名ではなく、秘匿を順守することを条件に、その出自を明らかにする相談につなげること」となっています。というのも、預け入れられた子どもたちは思春期になると必ず、自分の出自に疑問を抱き、「母親は何処にいるのか?」「父親はどんな人物なのか?」「なぜ、自分を“ゆりかご”に預け入れたのか?」を悩み、出自不明による自己のアイデンティティの揺らぎで悩む日常が、生涯続くとの実態がわかっているからです。

■遺棄されるより、(匿名でも)生きている方がいいのだろうか?
 私は数年前から、仕事の拠点としているアーニ・ホールで、東京および近県の看護専門学校の要請による学生対象の講座(12校 年間600人)を行っていますが、いくつかあるテーマの中に『日本の人工妊娠中絶の歴史とあかちゃんポストの現在』があります。
 この講座では、ドイツの「ベビークラッペ(あかちゃんの扉)」の実態を観てきた蓮田理事長が、乳幼児の遺棄や虐待死が頻繁に報じられている日本の現状をなんとか救いたいと、「ゆりかご」の運営を開始したこと。その信念として、「わが子を生かすか殺すかという切羽詰った状況の時、匿名での受け入れは必要。“匿名では受け入れてくれない”と誤解されていないかが、むしろ心配だ」と述べ、「子どもの身元判明にあらゆる努力を行うこと」との検証委員会の勧告に異議を申し立てています。
 私は講座の途中で、学生たちに挙手してもらいます。「遺棄や虐待死させるよりも、匿名でいいから、生きて預け入れられたほうがよいと思う人は?」と。すると、殆ど全員が迷うことなく手を挙げるのです。
 そこで、出自不明とアイデンティティの揺らぎについて「私はどこから来たの?」の見出しの新聞記事※※他を読み、問題提起します。新聞記事の医師加藤英明さん(38)は、医学生時代、血液疾患を専攻。両親の採血を得て自分の血液と比較し、自分に父親の遺伝が見られないことに疑問を覚えます。次にHLA(ヒト白血球抗原)の検査を教官に依頼。数日後、検査用紙を見せられ、父親の遺伝が全くないことが判明します。そこで母親を追求すると、母親は涙ながらに「お父さんが無精子症だということがわかった時点で、AID(非配偶者間人工授精)の治療を受け、あなたが生まれた」と告白。彼は驚きと同時に「これまでの父と過ごした人生は偽物だったのか?」と絶望的な気持ちに傾斜していくと同時に、医学生特有の方法で、精子提供者の追及を開始しますが、「手がかりは見つかっていない」と、新聞は報じています。
 こうした討議の末、学生たちは自己の出自を知ることが如何に重要か?を初めて知り、挙手したことを訂正するのです。

■精子提供(AID)で生まれた人たちの声
 ここで、『AIDで生まれるということ―非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ・長沖暁子 編著』※※※の中から、AIDで生まれた30〜40歳代の6人の著述と、当事者4人の座談会および慶應義塾大学経済学部准教授 長沖暁子氏の解説をもとに、当事者たちの出自に関する悩みや、AIDという生殖技術に対する意見の要旨を転載してみましょう。
Aさん(当事者、以下同じ) 私がAIDで生まれた理由は、土地柄もあるのでしょうが、「離婚は無理」「家長に跡取りがないのは世間体が悪い」ということから、父親が決めて母親が従ったという形のようです。その事実を知ったとたん、「遺伝上の父親は、だれ?」「どういう考えで精子を提供したのか?」「いま何処に、どんなふうに生きているのか?」と……。いまでも「自分の半分はどこから来たのだろう」という気持ち、自分一人がふわふわと宇宙に漂っているような感じが続いています。
Bさん 私自身は“AIDなんてやめてほしい”というのが本音です。「愛情を持って育てればAIDで生まれたって大丈夫だろう」とか、「AIDで生まれたことを乗り越えて、よい人生にするのは、その人次第」などと言われますが(略)私は精子提供者がどんな人なのか知りたいと思うと同時に、このような生殖技術に大きな疑問を感じています。

次号へ続く

※2007年5月10日  ※※2012年5月18日 読売新聞  ※※※萬書房 2014.6.30 第2刷 発行

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