2016. 2月
政治が教育に介入!―中学校 公民・歴史教科書採択に―
韓国が、いままで検定制を採っていた中学・高校の歴史教科書を、2017年から国定教科書に変更する。与野党は、変更の是非を巡って激しく対立。教育界では執筆を拒否する学者が次々に現われているという。
韓国は2002年、「教科書の自律化」を掲げ、歴史教科書を検定制にしたが、教育省は、“北朝鮮寄りの記述が目立つ”として、執筆者に修正命令を下すなど、混乱が続いていた。“北朝鮮寄り”とは、「南北間(韓国と北朝鮮)の38度線の頻繁な衝突が、朝鮮戦争(1950年)の直接的な原因」―などの記述を指す。
朴槿恵大統領は、「正しい歴史を学ぶことができなければ、魂に異常を来たしかねない。これは、考えると本当に恐ろしいことだ」と閣議で訴えたとか。この発言こそ異常に思えるのだが、教科書が、その時の政権の解釈によって変更されては、次世代を担う子どもの脳に、偏った刷り込みをしてしまう恐れがある。
日本でも、昨2015年春から、政治が教育に介入する制度が始まった。というのは、自治体の教育委員に対して、首長(知事や市長)の関与を認める「総合教育会議」の設置が義務化されたのだ。教科書選び(採択)に、首長が口出しできるという、60年ぶりの教育制度の大改革である。大阪市長の橋下氏は、すぐさま「教育行政は、大阪から“こうあるべきだ”と全国に発信することが重要」と、例の調子で豪語した。
さらに、8月(2015年)には、安倍晋三首相に近い議員らが、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」を立ち上げ、2016年春の新学期から小・中学校が使う社会科教科書に、保守色の強いものを選ばせるためのパンフレットを作成して、市町村教委に働きかけたのだった。
その内容は、「領土問題」に始まって「国旗・国歌」「自衛隊」「拉致問題」「南京事件」「慰安婦」などの項目について、各出版社の教科書の記述を比較し、「自虐的な教科書が、まだある」などと、採択しないよう圧力をかけたものだった。
その効果は、みるみるうちに現われ、中学校の公民、歴史教科書は育鵬出版社版がぐんとのびた。育鵬社版は、かつての「新しい歴史教科書をつくる会」元会長の八木秀次麗澤大学教授らが編集したもので、内容は、日本の侵略戦争を「欧米による植民地支配からアジアを解放するため」と強調。東京裁判についても、批判の特設ページを設けている。
この教科書の普及を呼びかける集会には、安倍首相の補佐官・衛藤参院議員が出席し、「育鵬社のすばらしい教科書が、全国で採択されるよう支援を」などと煽った。
育鵬社版の採択に反対してきた「子どもと教科書全国ネット21」の俵義文事務局長は、「日本によるアジア侵略の歴史などでは、他の教科書と明らかに表現が違い、学んだ子どもが自国中心主義に陥る恐れがある」「従来の歴史観を“自虐史”とみる政治家らが増える中、教員らの評価とは違う判断で、教育委員が採択した」と批判している。
本稿を書くに当たって、私は居住地の区立図書館から、育鵬社版と東京書籍版の中学校公民教科書の貸出しを受け、熟読した。育鵬社版には何ヵ所か首をかしげる記述があったが、紙幅の都合で、沖縄戦の頁だけを比較してみよう。
育鵬社版:沖縄戦は、「4月(1945年)になると、米軍は沖縄本土に上陸し、激しい地上戦がくり広げられました。日本軍は沖縄県民と共に必死の防戦を展開し、米軍に損害をあたえました。沖縄の中学生や女学生の中には、従軍して命を落とす人も少なくありませんでした。米軍の猛攻で逃げ場を失い、集団自決をする人もいました」と記述。
東京書籍版:沖縄戦は、「1945年3月、アメリカ軍が沖縄に上陸しました。日本軍は、中学生や女学生まで兵士や看護要員として動員したりして強く抵抗しました。民間人を巻き込む激しい戦闘によって、沖縄県民の犠牲者は、当時の沖縄の人口のおよそ4分の1に当たる12万人以上になりました。その中には、日本軍によって集団自決に追い込まれた住民もいました」となっており、住民の集団自決が日本軍の命令によるものだったことを明らかにしているが、育鵬社版は、住民自らが集団自決を行ったと受け取れる表記になっている。
折も折、小・中学校の教科書会社22社のうち、10社が、検定中の教科書を教員らに見せ、交通費など実費以外に、金品を渡していたことが発覚した。相手方の教員らは4,000人近くに上ったが、深刻なのは、某出版社が7人の教育長や3人の教育委員に、中元や歳暮を贈った例だ(2016年1月23日 朝日新聞)。残念ながら、その10社のうちに東京書籍が入っており、育鵬社は「教科書閲覧のみ」の9社欄に載っていた(文科省まとめ)。詳細はいずれ、はっきりするだろうが、東京書籍が入っていたのには、がっくり!というのが、私の本音である。