2016. 10月

 

オバマ大統領・帰国後の疑問

■核のボタンとは?
 オバマ大統領帰国後の新聞(2016年5月31日 朝日新聞)に、気になる記述があった。「核の超大国のトップであるオバマ氏は平和公園に、核攻撃の承認に使う機密装置を持った軍人も同行させていた」「広島で“核なき世界”を訴えた大統領が、広島に初めて“核のボタン”を持ち込むことになった」との記述である。
 これだけの、僅か100字ほどの記事なので、「えっ?核のボタンとは?」と眼をこらすと、広告欄の『週刊新潮』―「特集、核発射ボタンを広島に伴ったオバマ大統領の自己矛盾」のタイトルが飛び込んできた。早速、購入して読んだ驚くべき記事を紹介する。

5月27日(2016年)、広島・原爆死没者慰霊碑に献花し、「私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たねばならない」との演説を行ったオバマ大統領の影につき添う、機密装置入りのカバンを持った男―いったい、このカバンとは、なんだろう?

■大統領の非常用手提げカバン―通称“核のフットボール”とは?

 軍事アナリストの小川和久氏(静岡県立大学グローバル地域センター特任教授)の説明によると、このカバンは米国5軍(陸・海・空・沿岸警備隊・海兵隊)の佐官クラスから1名ずつ選ばれた軍事補佐官が交代で“番”にあたっており、国内の公務から外遊先はもちろん、ジョギングやゴルフなどプライベートタイムにも絶えず彼らはついてまわるという。
 大統領は、ビスケットと呼ばれる暗証カードを別個に携帯していて、これを押すと、“核のフットボール”と呼ばれる、重さ20kgの革のカバンから、核兵器の発射命令が出され、国防長官の確認を経て、各部隊に送られる。最終的に発射のキーを回すのは、原子力潜水艦の艦長など、現場の軍人となる―との解説が続く。

 大統領が暗証カードのキーを押せば、例えば、シアトル沖に配備されている原子力潜水艦のミサイル(SLBM)なら、20分でモスクワに到達するという。外遊時は、大統領専用の空軍機“エアフォースワン”と共に、同形で空中指揮センターの役割を担う“空飛ぶペンタゴン”が、必ずペアで飛ぶことになっており、大統領の空軍機→同形の空中指揮機→国防長官→各部隊→発射のキーを回す原子力潜水艦艦長→発射!となるそうだ。
 そういえば、テレビで観ていると、5月27日(2016年)の伊勢志摩サミット閉幕後、岩国米軍基地に向かう大統領専用機に、同形の飛行機3機が、前後して飛行していたし、岩国基地から広島に向かう大統領専用のヘリのまわりにも同形のヘリが3機ぐらい、前後して飛んでいた。
 私は、大統領がテロなどに狙われないよう、どれがどれだかわからないように飛行しているんだろうなどと、ぼんやり見ていたのだが、その1機の中に、非常用手提げカバン「核のフットボール」を抱えた軍人が乗っていたのだ。そのカバンの中には、攻撃命令を送信する通信機、目標・作戦計画のリスト、緊急時のペンタゴンに代わる指揮所のリスト、大統領自身の暗証コード、攻撃を可能にするコード他が収納されており、オバマ大統領の命令伝達が、即、前述の発射開始!となるシステムだ。

■「広島は貸座敷ではない!」と広島・元市長、しかし……
 原爆ドームの世界遺産登録に尽力した平岡敬・元広島市長は、「オバマ大統領が広島に滞在した1時間40分ほどの間、広島が実質的な“発射基地”になっていたのです」と、怒りをあらわにしたとか。そういえば、2009年4月、核廃絶への決意を込めた「プラハ演説」、同じ年の10月にはノーベル平和賞に輝いたオバマ大統領の至近距離に、プラハでもストックホルムでも、黒光りする核のカバンが寄り添っていたのだろうか?

 2010年に、米ロ間で締結し、翌年発効した“新戦略兵器削減条約(新START)”、1970年3月5日に発効し、同じ2010年には世界190ヵ国が締結国となった“核拡散防止条約(NPT)”も、「絵空事にすぎない」といった核兵器拡散の現状だ。平岡・元広島市長は、「任期もあと数ヵ月に迫ったオバマ氏は、プラハで演説した実績が作れなかったから、広島で締めくくりたかったのでしょうが、“広島は貸座敷ではない”と言いたい」と、厳しく批判している。
 しかし、核兵器不拡散条約は、「保有国は非保有国の安全を守らなければならない」となっており、ここに、日本が、唯一の被爆国でありながら米国の「核の傘」のもとにある、というジレンマを抱えることになっているのである。

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