2018. 12月
紛争下の性暴力と闘う2人にノーベル平和賞 そのU
2018年12月10日、アフリカ・コンゴ民主共和国のデニ・ムクウェゲ医師(63)とイラク北部のヤジディ教徒ナディア・ムラドさん(25)が、世界各地で頻発して止まない性暴力(レイプ)を告発した功績者としてノーベル平和賞を受賞した。今回はナディア・ムラドさんについて記述したい。
■ヤジディ教徒を襲う過激派組織「イスラム国(IS※1)」 ヤジディ教とは?
ナディア・ムラドさんが帰属するヤジディ教は、紀元前のイランで起ったゾロアスター教に、さまざまな宗教要素※2が加わった宗教で、イラク北部の山岳地帯で信仰され、信者は55万人と推定されている。イスラム教スンニ派の過激派組織ISは、ヤジディ教を「悪魔崇拝」とみなし、この教徒の女性は「性奴隷」にして当然と公言してきた。
2014年6月、ISはイラク北部モスルを急襲し、この地を占拠。イラクとシリアにまたがる「国家樹立」を宣言した。同年8月、ナディア・ムラドさんの村を襲い、きょうだい6人と母親を殺害。彼女(当時15歳)を連行し、銃を突きつけてイスラム教への改宗を迫った。彼女がそれを拒むと、性奴隷として連日、組織戦闘員らによる暴行、レイプが繰返された。
■IS、支配地の路上で、拉致した女性らを人身売買
ISは、支配地モスルの旧市街の路上に設けた「市場」で、拉致したヤジディ教の女性らを売買した。目的は、中東や欧州などから加わった戦闘員の士気を高めるためだという。市場は(売買する女性の数によって)、週2回から月1回と不定期に開かれ、売買する人数も1回につき5〜20人と幅がある。
売買される女性たちは手錠で拘束され、顔をさらされたまま並ぶ。IS戦闘員たちが、女性の年齢を声高に叫び、買い手の男たちは、金額と容姿を見比べながら女性を買い取り、性暴力、性虐待を欲しいままに行う。その興奮が、戦闘への活力を増大していくとか(この非人道的な記事に、身の毛がよだつ思いだ)。
■拉致されたヤジディ教徒は6,417人―
2018年6月、イラク北部のクルド人自治区政府が発表した統計によると、ISに拉致されたヤジディ教徒は6,417人。このうち3,117人は今も行方がわかっていない。救出されたり脱出に成功したのは3,300人で、2,096人が女性だったという。国連とクルド人自治区政府は、ISの性暴力で心身に傷を負った女性たちをドイツに送り、治療を受ける活動を展開。国際移住機関(IOM)は、その数は「1,000人以上に達している」と発表した。
■ナディア・ムラドさん、「国連親善大使」に―
こうした連日、連夜の性虐待・性暴力の中、ナディア・ムラドさんはどうなっていたか?
拉致から3ヵ月後、彼女は脱出に成功したのだ。脱出した彼女は実名を隠すことなく、この体験を公表。「私の望みは、性暴力の体験を訴えるすべての女性の声に耳を傾け、受け入れ、支援することです!」と述べ、これをきっかけに、各国の支援団体が立ち上がった。特に、世界の「#Me too」運動の後押しは、著しい効果を挙げた。
2016年9月、人身売買の被害者らの尊厳を訴える国連親善大使に任命されたムラドさんの活動は更に拡大し、2018年12月10日、ノーベル平和賞受賞となる。彼女は記者会見で、こう述べている。「すべての国の政府に、虐殺や性暴力犯罪と闘うことを求めます!国益の前に人道主義を!」と。
ヤジディ教徒の両親を殺害された子ども40人を保護しているNGO代表のサリームさん(64)は、「ムラドさんのノーベル平和賞を嬉しく思う。国際社会は、目に見える形で支援を!」と祝辞を送った。
※1 イスラム国(Islamic State)と自称しているイスラム過激派組織。イラクとシリアにまたがる地域で活動する。
※2 マニ教、キリスト教などを加えた複雑な宗教。