2019年3月
世界で起っている性暴力・性奴隷制!「私を最後にするために!」とナディア・ムラド そのV
■ISの性奴隷にされてから3ヵ月―
ナディアの今度の男はハッジ・アミール(以下 アミール)という名の戦闘員だった。車から降ろされ、寝室に入ると、彼女は目まいと吐き気に襲われ、その場に倒れた。彼は冷やかに言った。「おまえが俺のものになるのは1週間だ。その後はシリアに行く」。シリアと聞いて、ナディアはおののいた。
イラクとシリアの北部を占領したISは、そこに「イスラム国を設立する!」と宣言していたが、クルディスタン※1はYPG/KDP/PUKに分裂しており、派閥闘争は熾烈を極めていた。「シリアには行かないで!」と、ナディアは懇願した。彼女はイラク北部のコーチョ村で育ったから、シリアは見知らぬ国―そこの戦闘員の性奴隷として売られるのか?
男はせせら笑った。「お前の行き先を決めるのは俺だ!」「ところで、アバヤ※2は何枚持っている?」「これだけです」とナディアが差し出すと、「シリアに行くには、1枚だけでは、もたない。何枚かいるから買ってこよう」。アミールは車の鍵を手に玄関に向かうと、振り返り、「すぐ戻る。じっとしているんだぞ!」とにらみ、ドアをバタンとしめて出ていった。
■ナディアに逃亡のチャンスが!
ナディアは一人になった。見張りの戦闘員もいない。彼女は玄関に走った。彼は玄関の鍵をかけ忘れていたのだ!重いドアを押し開け、夕闇の迫った薄暗い庭に出ると、まわりは塀で囲まれていた。ナディアは、見張りの戦闘員がいないかを確かめると、塀の前に置かれたゴミ箱に足をかけ、反対側の地にドサリと着地した。そして、ニカブ※2で顔をかくし、バッグを肩にかけ、ISに占領された巨大なビル街の薄暗い路地裏を、縫うように進んだ。
「今ごろ、家に戻ったアミールが、私のいないことに気づき、無線で戦闘員のメンバーに通報しているかも。ここで捕まったら殺される」……胸の鼓動が激しくなった。
こうして、暗闇の中を歩き続けて2時間ほど経ったころ、貧しそうな住宅が並ぶ地域にさしかかった。この地域―お金がなくて国外に避難できずに居残っているスンニ派※3の人たちなら助けてくれるかもしれない!ナディアは、ISによって電気が止められた暗い二階建ての家のドアをノックした。
■この家の人たちは、ISに通報しないか?助けてくれるか?
「どなたですか?」ドアが開くと50代の男性が立っていた。ナディアは無言のまま、押し入るように中に入った。そしてニカブを上げて「助けてください!」と言った。庭にマットレスを敷いて坐っていたのは、若い男性2人とその妻たちと抱かれた赤ちゃん、玄関に出てきた年配の夫婦の7人だった。「私はナディア。ヤズィディ教徒です。モースル市に連れてこられて性奴隷にされました。お願いです、助けて下さい」。
年長の男は彼女の腕をつかみ、家の中に引き入れて、ひそかな声で言った。「いま言ったことは、外で話してはいけない。通報されればお終いだよ」。そして、自分と妻の名はヒシャームとマファー、2人の若い息子はナシールとフセイン、妻の名はサファとミナだと、それぞれが名乗った。
翌朝、5時に目が覚めると、ナディアの心配は絶頂に達した。「この家の人々は、私をどうするつもりなのか?危険を冒して、私を助けてくれようとする可能性は、どのくらいあるのだろうか?」次号に続く
※1:トルコ東部、イラク北部、イラン西部、シリア北部とアルメニアの一部分にまたがる、主としてクルド人が
居住する地理的領域。「クルド人の地/国」を意味する。
※2 :ニカブは、口や鼻を含めて全身を覆うベール。アバヤは、ニカブの下に着る黒いロングワンピース。
※3:イスラム教の二大宗派、スンニ派とシーア派は、イスラームの各宗派間で最大の勢力といわれている。