2019年5月
世界で起っている性暴力・性奴隷制!「私を最後にするために!」とナディア・ムラド そのX
■ナディアへのインタビューが録画された
検問所に入ると兵員が訊いた。「あなたは誰ですか?こちらの身分証はモースルだし、こちらにはキルクークと書いてあるのに、なぜエルビルに行くのですか?」。ナディアはナーシルに言った。「もう、いいよ。わたしは本当のことを言う」。そして、“コーチョに住んでいたヤズィディ教徒で、モースルに拉致されたこと”。“ナーシルの助けで、ここまで逃げてきたこと”を告げた。
兵員はギクッとした様子で、「あなたの身に起きたことを、上司に話す必要がある。二人ともこちらへ……」と、奥の大きな会議場に連れて行った。そこには、大きなビデオカメラがセットしてあり、数人の係員の厳しい目が二人に向けられた。
ナディアは恐怖におののきながら叫んだ。「録画の目的は何ですか?誰が見るんですか?」「この人、ナーシルは、危険を冒して私をここまで連れてきてくれたんです。なのに映像で証拠を残したりしたら、ISに殺されます!」。
係員らは「我々内部の記録用に撮るだけです。ナーシルの顔にはぼかしを入れます。コーランに誓って、この録画は、我々と我々の上官以外は見ません」と言った。
ナディアはその言葉を信じて、コーチョ村のヤズィディ教信徒の男たちがその場で殺された、若者らがISの戦闘員として拉致された、少女や女性たちはモースルに連れ出され、彼らの性奴隷にされた、など、一部始終を語り、彼らはそれを録画した。最後に、彼らは言った。「これは非常に重要なケースだ。われわれPUKは、KDPがあなた方ヤズィディ教徒を守ろうともせず、性奴隷市場で売買することも見殺しにした……」「我々PUKは、こうしたKDPを批判すると同時に、テロリストがイラクから一人もいなくなるまで戦う!」と胸を張った。そして、長時間とどめたことに礼を云い、タクシーを呼び、エルビルまでの賃金の前払いまでしてくれたのだった。
■エルビルへ―甥のサバーブが迎えたが……
タクシーの窓から見えるエルビル近郊の風景は、戦闘の跡もなく平和に見えた。タクシーの中でナーシルの携帯が鳴った。甥のサバーブからだった。突然、彼の叫んでいる声が聞こえた。「いま、“インタビュー”を見た!どうしてあんなインタビューに出たんだ?!」。つまり、クルド愛国同盟(PUK)の録画の目的は、クルド民主党(KDP)がヤズィディ教徒らへのISによる惨殺を止めようともせず、少女、女性たちを拉致し、性奴隷として売買したことをも見過ごしたことへの批判を、対立闘争組織KDPに見せつけようとしたのだ。
ナディアはPUKの役員らに裏切られたことを知り、インタビューに応じた自己の軽率さに思わず凍りついた。
■甥のサバーブとの再会、命の恩人ナーシルとの別れ
次のエルビルの検問所は、自爆テロにそなえ、コンクリートの防壁で仕切られた、ぞーっとするような建物で、連れて行かれた部屋にはKDPの司令官が座っていた。司令官は、さきの検問所と同じ質問をした。ナディアは「もう知れ渡っている。仕方がない」と、わが身に起ったすべてのことを告白した。
司令官はメモを書き終わると、ナーシルの肩を両手で抱きしめて云った。「アッラーは、あなたが彼女を助けたことを忘れないでしょう」。これに対しナーシルは、「親切心を少しでも持っているなら、人間として誰でも同じことをしたでしょう」と、淡々と答えた。クルド愛国同盟PUKを信じていいのか?と、ナーシルは感じていたのだ。
突然ドアが開き、甥のサバーブが入ってきた。ナディアは駆け寄ってハグし、堰を切ったように泣いた。「ナディア、泣くんじゃない」と、彼はナディアを抱きしめた。ナディアがPUKのインタビューに応じ、映像が拡散していることは、半ばあきらめたらしい。
彼の話によると、兄ヘズニはコーチョ村の惨殺された大勢の男たちと共に大怪我を負ったが、奇跡的に助かり、いまは故郷に近いコーチョ村の難民キャンプの建設現場で働いている、という。「ヘズニに会いに行こう」とサバーブは言った。次回へ続く