2019年8月
ノーベル平和賞 ナディア・ムラドさんのスピーチ
「私を最後にするために」―その後のISは? その2
■イスラム国(IS)が拠点としたモスル市の現状
今回は、イスラム国(IS)が、かつて最重要拠点としていた、イラク北部の都市モスルの現状について記載したい。モスルは、本稿の主人公、ナディア・ムラドさんがIS戦闘員の性奴隷として連行され、強姦され、売買された性奴隷市場の所在地だった。右の写真は、米国主導の有志連合による空爆で、徹底的に破壊された、現在のモスル旧市街の現状だ。その前に、これまでのイスラム国(IS)をめぐる経緯を記述しよう。
2014年6月 ISがモスルを制圧。イラク北西部からシリア東部の一帯で「イスラム国」国家樹立を宣言。最盛期にはイラクとシリアの国土1/3を支配した。
8月 米国主導の有志連合が、イラクで対IS空爆を開始。
9月 米国主導の有志連合が、シリアで対IS空爆を開始。
2017年7月 イラク軍などが、ISの最大拠点モスルを奪還。
12月 イラクが国内でのIS掃討完了宣言。
2019年3月 シリアのIS最後の拠点を、クルド人中心の武装勢力が制圧。米国トランプ政権が、IS「完全制圧」を宣言。しかし米軍は、ISの残党がシリアとイラクに
分散して、数万人規模で潜伏していると推計し、再組織化を警戒しているのが現状である。
■イラク・モスル解放とはいえ、ISの恐怖、今も!
2019年5月、農家のサハラ・ムハンマドさん(24)の家に突然、ISを名乗る男から電話がかかってきた。「農地の税金を払え」と。要求された額を渡せば、IS協力者として当局に拘束される。逆に通報すればISに命を狙われる。で、仕方なく拒否すると、収穫直前の麦畑が焼き打ちされた。
ISはネット上で「何百エーカーもの畑を数日で燃やした。これは始まりに過ぎない」と発表。「20キロほど先にある洞窟や谷にISの残党が潜んでいる」「ISの思想が残る限り、いつ息を吹き返すかわからない」と、ムハンマドさんは恐怖に震えた。
■ISと関係のあった市民の苦悩
モスルにある半壊の家で、子ども4人と暮らすファラハ・ムハンドさん(36)の夫は、IS支配下で建設の仕事を失い、生活のためにISの戦闘員になった。が、数ヵ月後に行方不明に。子どもたちが学校に行くためには、政府が発行する「身分証」が必要だ。だが、役所に行けばIS戦闘員の家族とわかり、罰を受けることを恐れて申請できないでいる。そのため、子どもたちは学校へも行けず、病院の診療も受けられない。
モスル市内の雑居ビルの一室で子ども2人と暮らすハナさん(仮名30)は、売春を生業としている。ISの戦闘員に加わった夫は戦闘で死亡した。モスルがイラク軍によって解放された以降も、夫がISに加わったことがわかれば、報復されるのが怖くて政府の食糧配給を申し込めなかった。仕方なく選んだのが売春だった。「罪悪感は消えない。でも、子どもが普通に食事をできる姿に癒されるんです」と、涙を拭うハナさんだった。
モスル近郊のキャンプで避難生活を送るナハラさん(仮名41)の夫はISの戦闘員だった。2年前、長女(20)はキャンプの警備員に結婚を申しこまれ、「身分証」を申請することができるかも……と、喜んで受け入れた。だが2週間ほどで戻ってきた娘の体はあざだらけだった。娘は結婚を申し込んだ男とその友人たちに、連日、性暴力を加えられたという。「ISの娘なんかと結婚するわけないだろ」と、男はせせら笑い、立ち去った。
■世界に拡散したISの思想―次の自爆テロは、どこで起るか?
今年3月には、ISのシリアで最後の拠点が制圧され、「領土」の支配は終ったとされたが、モスルの住民30万人は戻っておらず、イラク全体では160万人が国内難民のままだ。だが、先月号で記述したスリランカの連続爆破テロが象徴するように、過激思想は世界中に拡散している。IS最高指導者バグダディの死亡説や重傷説が飛び交う中、この5月にはその動画を公開。存在を誇示して世界中に拡散した戦闘員や共鳴組織への求心力を高めるためとか。
IS思想による次の爆破テロはどこで起こるか?予断をゆるさない。