北沢杏子のWeb連載
第103回 私と性教育――なぜ?に答える 2012年9月 |
知っていますか?小学校5・6年生の『保健』教科書
エイズ―感染経路の性交・性行為は禁句―
2011年度から実施の新「小学校学習指導要領」(2008年3月28日改訂)による小学校5・6年生の保健教科書「エイズ」の項のどこが問題なのか?―4冊の教科書から転載してみましょう。
● エイズはHIV(エイズのウィルス)に感染している人の血液などが、きず口などから入ることでうつります。
● エイズは感染している人の血液などにふくまれているHIVが、健康な人の皮ふやねんまくのきず口から体内に入って感染します。
● HIVのうつる道すじは限られていて、うつる力がとても弱いため、正しい知識があれば日常生活ではうつることはありません。
● エイズはHIVが血液などを通して、人の体内に入ることによって起こる感染症のひとつです。(略)HIVはうつる力がたいへん弱く、空気や食べ物を通して感染することはありません。
つまり、「性交によって感染する」と教えてはならないことになっているのです。それでいて欄外には、「エイズ予防財団『エイズ予防情報ネット』では、エイズについていろいろと調べられます」と記されています。
早速、ある小学校6年生男子が検索してみたところ、「エイズQ&A これだけは知っておきましょう」とあって、次のような情報が……。
A HIVは主に3つの経路で感染します。
@ 性行為による感染
性行為による感染はもっとも多い感染経路です(感染原因の80%以上)。HIVは主に血液や精液、腟分泌液に多く含まれています。HIVは、その性行為の相手の性器や肛門、口などの粘膜や傷口を通ってうつります。
続いて感染経路のAは、依存性薬物の“回しうち”による注射器などの共用、Bは母子感染となっています。
■児童の質問に困惑する教師たち
ある日、私の許に小学校の養護教諭から次のようなFAXが届きました。「エイズの授業では、感染経路の『性交』については触れてはいけないことになっています。高学年になるとさまざまな情報を得ていて、保健室に聞きに来る児童がおり、どのようにこたえたらいいのか、毎回困っています。いい方法があったら教えて」と。
この矛盾には驚かされますね。教科書には一切「性交、または性行為で」とは書かれていない。それでいて「ネットで検索すれば、いろいろと調べられます」と註がついている。
児童は当然調べるでしょう。すると80%以上が「性行為で感染」と出てきます。真偽の程を確かめたくて訊きにくる研究熱心な児童を裏切っていいものでしょうか?
2010年に私が手にした教師用指導書には、「HIVの感染経路には@血液感染、A性的接触、B母子感染があるが、この授業では児童の日常の生活の場面で考えられる血液感染(のみ)を理解させる」と記されています。
児童は日常の生活で(マンガで、雑誌で、ネットで)とっくに知っているのです。いやらしい、恥かしい、あるいは興奮する情報として知っているのです。
それを、教えてはいけない禁句とする指導書の論旨が理解できません。私は子どもたちに“種の保存”としての、自然で科学的な性交を教えるべきだと考えているのですが……。
■厚生労働省と文部科学省の狭間で犠牲になるのは誰?
エイズ動向委員会報告によると、2012年6月24日現在の感染者、患者の累計は、HIV感染者14,175人、エイズ患者6,492人で、合計20,667人。遂に2万人を突破し、新感染者は、毎年1,500人ずつ増え続けているとのことです。
感染した場合、発症しないための治療費は、1人につき月額約20万円もかかりますが、公的保険の適用と助成制度(障害者手帳交付)があり、個人負担は月額0〜2万円程度ですんでいます。その差額を負担する厚労省としては、これ以上、感染者/患者が増えると“予算がパンクする”として、文科省に小・中学校での「エイズ予防教育」に時間をとって欲しいと要請。一方、文科省は「学力が大事、英語が大事(最近は道徳の時間も加わり)、エイズの指導などに時間を割くわけにはいかない」と突っぱねます。
こうした厚労省と文科省の縦割り行政の狭間で犠牲になるのは、HIV感染経路(性交、性行為)を教えられなかった10代の子どもたちです。中学生の10%、高校生の45%が性交経験を持つとの調査も挙がっている現在、小学校の教師たちは、せめて小学校卒業までに、HIVは80%以上が性交、性行為で感染すると教えて中学校に送り出したいと切望しているのです。
しかし、「性交」という言葉を発すれば、指導力不足教員のハンコを押され、地域によっては再発防止研修会に行かされる破目に。ですから、養護教諭たちは「不本意な授業や回答しかできない」と、私に訴えるのです。
文部科学省の小学校学習指導要領「体育編」では、再三「生命はかけがえのないものであることを知り、自他の生命を尊重する」と謳っています。そのかけがえのないいのちが、この世に産み出されるのも「性交」あってこそでしょうに、なぜか「性交」は禁句なのです! 読者のあなたの意見をお聞かせ下さい。