北沢杏子のWeb連載
第105回 私と性教育――なぜ?に答える 2012年11月 |
日本の人工妊娠中絶法の歴史
私が仕事の拠点としているアーニ出版ホールには、連日、都内や近県の看護専門学校の学生が、「性教育」に関する講座を受けにやってきます。今回の受講生たちの要望は「日本の人工妊娠中絶法の歴史」―そこで、要望に応えるために私も猛勉強したので、ここに記述することにします。
世界のどの地域の女性も、望まない妊娠は中絶によって解決しようと考えています。世界中で中絶を選択する女性は年間4,600万人。うち78%は開発途上国、22%は先進国の女性ですが、伝統的な宗教・文化・社会的通念から、中絶が非合法(禁止)とされている国での、安全でない中絶によって生命にかかわる影響を受けている女性は、少女も含めて1,900万人。うち7万人が死亡、数十万人もが健康障害を受けているとのことです※。
つまり、安全で合法的に中絶を受けることができるかどうかは、その国の政治・政策が大きく関わっているのです。ちなみに日本での年間中絶件数は、226,878件。うち20歳未満は21,535件となっています※※。
日本における中絶に関する法律は、いまから150年前の1869年に明治政府が堕胎禁止令を、ついで1880年に旧堕胎禁止法、1907年には現在も活きている刑法「堕胎罪」へと改訂されました。というのも日本国が「富国強兵政策」へと舵を切り、日清戦争、日露戦争で勝利を収めた挙句、1910年には「日韓併合」と称して他国を植民地化するなど、侵略戦争を続行するための男の兵士が大量に欲しかった。そこで法的に中絶を禁止し、女性たちに「産めよ、殖やせよ」と発破を掛けたのです。
こうした状況下、女性たちはめげることなくバース・コントロール(産児調節)運動を盛り上げ、1922年には、アメリカのマーガレット・サンガーを招聘。この運動は全国に広がって「堕胎法改正連盟」が結成されました。
しかし、こうした運動のリーダー加藤シズエらへの弾圧は強化され、闇中絶を行なったとして、助産師や医師、薬剤師らの投獄も行なわれるようになっていったのでした。
1945年、日本は第二次世界大戦で破れ、アメリカを主とする連合国の施政下に置かれます。当時の、敗戦直後の大都市は、空爆による“焼け野が原”で、住む家も食糧もなく、戦災孤児は溢れんばかり、餓死者もでる困窮状況でした。そこへ戦場から復員兵がどっと戻ってくる。すると妻たちが妊娠して人口が増えます。政府は慌てて1948年、中絶を合法化する「優生保護法※※※」を成立させました。つい3年前までは「産めよ、殖やせよ」だったのが逆転、「産むな、殖やすな」というのですから、勝手な法律ですね。しかし女性にとって、合法で安全な中絶を受けられるようになったことは、喜ばしいことでした。
ところが1982年、某団体を基盤とする国会議員らが、優生保護法(現 母体保護法)の中絶許可条項の「経済的理由は不要!経済的発展を遂げた今日においては、これを削除すべきだ」と、法改正を迫り、『胎児の生命を守るために』と銘打った集会を開く、テレビに意見広告を流すなどのキャンペーンを展開。1,000万人を目標とする署名運動や地方議会を動かしての「改正」請願書を組織的に提出するよう圧力をかけました。
更に翌1983年には、300余人の議員による「生命尊重国会議員連盟」を起ち上げ、胸にピンクの造花をつけて万歳三唱をする映像が世界に向けて送信されました。
国会への改正案上提、審議へと着々と進められる「改悪」の動きに、私たち女は、いち早く阻止運動を起こし、たちまち全国に広がっていきました。こうして「産む、産まないは女が決める!」をスローガンとしての1年間にわたる激烈な闘争の結果、国会議員内でも賛否両論が起こり、反対派の議員らが「母性の福祉を推進する議員連盟」を結成、審議を割る状況になりました。
この闘争の中で、いまも忘れられないのは1983年3月13日、豪雨の中を代々木公園から明治神宮外苑まで、2,000人の女たちが行なった「優生保護法改悪阻止」のデモ行進。私も、その中の一人でした。女子学生たちは厚生省(現 厚生労働省)の前で座り込みのハンガーストライキを展開。結果として、両議員連の活動は凍結、地方議会の決議は「改正129」対「反対226」となり、全国市民の署名も100万人対144万人で反対派が優勢。こうして中絶許可条項の第3章、14条の1、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのある者(に対して指定医師は人工妊娠中絶を行うことができる)が削除されることなく、現在も私たち女性は、安全で合法的な中絶を受ける権利を獲得しているのです。
とはいえ、最近報道された新しい出生前診断は、妊婦の血液中に含まれる胎児のDNAを解析する方法で、99%以上の精度でダウン症児かどうかが判断できるとか。カウンセリング体制が調った10医療機関が臨床研究の形で始めようとしたところ、妊婦からの問い合わせが殺到。またもや過去の「優生保護法」にあった優生思想に基づいた、人権無視の中絶の方向に逆戻りするのでは?と危ぶむ声も上がっています。
※ IPPE(国際家族計画連盟)の資料「安全でない人工妊娠中絶と貧困」
※※ 厚生労働省 衛生行政報告例(2009年度)
※※※ 優生学的思想に基づいて規定された強制断種、強制中絶に係る条文が含まれている人権無視の法律。