北沢杏子のWeb連載

107回 私と性教育――なぜ?に答える 2013年1

 

性同一性障害の理解と支援 そのU

 現在、「性別適合手術」を受けるには、次の3段階を踏まなければならないと規定されています。
 第1段階(精神療法)選択した性での生活を1年以上試み、性同一性障害の臨床経験を有する精神科医他の定期的面接を受けて、その選択が揺るぎないと判定された者。第2段階(ホルモン療法)20歳以上の者であること。ホルモン投与の効果と限界、副作用について十分に説明を受けた後に実施。治療継続の効果および判定を、治療チームと精神科医他が明らかにすること。第3段階(手術療法)身体のどの部位の手術が適切かを医療チームが明確にすること。例えば喉仏や乳房のみの手術に止めるか、外性器、内性器の手術も行なうかなど。また、術後の本人の精神的負荷、適応上の諸問題に対し、専門医による精神的支援が行なわれること。術後に社会に適応するための、発声法や化粧法、身のこなし方などのトレーニングの援助など、医療従事者への厳しい規定も盛り込まれています。
 こうして手術を受ける側も施行する側もさまざまな困難を乗り越えた次に、立ち塞がるのが、司法(戸籍の性別変更)の問題です。

 「性同一性障害の性別取り扱い特例に関する法律」は、前回紹介したFtMの虎井まさ衛さん他当事者たちの熱烈な国会議員への働きかけにより、衆参両院本会議で成立、2008年6月に一部が改定され今日に至っています。この法律で、5つの条件が揃った場合には、家庭裁判所の審判を受けて戸籍上の性別変更が可能になりました。
 その条件とは、@20歳以上であること。A現に婚姻していないこと。B現に子がいないこと。C生殖腺がないこと、又は生殖腺の状態を永続的に欠く状態であること。D他の性別に係る身体の性器の部分に近似する外観を備えていることの5つ。もし、家裁の審判で許可されなかった場合は、高等裁判所に即時抗告することができ、それでも認められなかった場合には、最高裁判所に特別抗告、または許可抗告ができるとされています。

 ところが、裁判所が挙げている戸籍訂正を許可しない理由は、@人の性別は法的に染色体によって判断すべきだ。A戸籍訂正を認めるべきという国民的コンセンサスがない。B戸籍訂正を認めれば、他に重大な問題が問題が生じる。C立法によって解決すべきで、現行戸籍法では解決できない―というものですから、安易に不許可に持っていかれそうです。
 戸籍上の性別欄の変更ができないと、どういう不都合があるのか?「外見上、身体上、内分泌上、生活上の性と違うことで、就職、住居の賃貸、通院、海外渡航(パスポート)、投票、預金通帳や各種会員証の受給など、大きな困難が伴う」と、虎井まさ衛さんは、左の著書で述べています。更に、愛する人、長年連れ添った人とも法律婚はできず、病気になっても健康保険証を見せたり、戸籍上の性別の病棟に入院させられるのが嫌で、重症になった人もいるとか。こうした日本特有の戸籍制度は、まさに人権無視の制度と言わなければなりません。

 こうなると、世論が司法を動かして「立法」を促すことが喫緊の課題といえそうです。2001年にTBSテレビ系のドラマ番組『3年B組金八先生』(脚本 小山内美江子)が、性同一性障害の生徒を登場させて、お茶の間の人気を集め、2002年には競艇レーサーの安藤千夏さんがカミングアウトして安藤大将と改名し、女子レーサーから男子レーサーに登録変更。更に2003年、上川あやさんが統一地方選挙の東京都世田谷区議選に、戸籍上の性別とは異なる「女性」として立候補し、上位6位で当選しました。
 最近の報道によると、2012年10月1日、島根県松江市役所が、性同一性障害の上田地優さん(54)の国民健康保険証表面の性別記載欄に「裏面参照」と印字。裏面には戸籍上の性別を手書きした証書を交付したとあり、記者会見した上田さんは「新たな記載方法が制度化されたことは大きな進歩!」と評価したとか。
 その一方で、FtM(女性から男性へ)の男性(30)と妻(30)が、第三者からの精子提供による人工授精でもうけたあかちゃん(2)を長男として届け出たところ、東京都新宿区は『婚外子』として戸籍に記載。訂正を求めた審判申し立てに対し、東京家裁は「男性の生殖能力がないのは明らかで、嫡出子とは推定できない」として、これを却下しました。(2012年11月2日)
 まだまだ多難な性同一性障害と日本の戸籍制度。その理解と支援のために、私たちができることは何かを考えたいと思います。



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