北沢杏子のWeb連載

110回 私と性教育――なぜ?に答える 2013年4月

 

胎児のいのちの選択を迫る“新型”出生前診断

 3月9日(2013年)、日本産婦人科学会(以下 日産婦)は、妊婦の血液を調べるだけで、胎児のダウン症などを判定する新型の「出生前診断」検査の条件を定めた指針を決定。4月から日本医学界が認定する複数の病院での検査が始まる見通しとなりました。
 日産婦の指針は、検査の対象となる女性を、@出産時に35歳以上の妊婦。A超音波検査や母体血液マーカー検査で染色体異常の可能性のある妊婦。B過去に染色体異常の胎児の妊娠暦がある妊婦、などに限定。C妊婦が十分な遺伝相談を受けられる施設であること。D産婦人科医と小児科医が常勤し、そのどちらかが臨床遺伝専門医の資格を持っている医療機関―となっています。
 上記の条件のうちCとDはともかく、@ABを読むと、わが国の高齢出産が、全体の1/4を占めている現在、「えっ、35歳?だったら私も新型・出生前診断が必要かも」と不安にかられる妊婦も少なくないのではないか?その証拠に、国立成育医療研究センターには、既に1,000件以上の問い合わせが殺到しているとか。


 では、この新型診断とはどんなものか調べてみましょう。妊婦の血漿中には胎児の細胞から剥れたDNAの断片が混ざっており、DNAの解析技術が飛躍的に向上した結果、僅かな量で判定できるようになりました。人間は23対46本の染色体を持っていますが、ダウン症は21番目の染色体が3本と、1本多い。それが、妊娠10週目という早期に、妊婦の血液検査だけで分かる上、ダウン症かどうかの判定精度は公表99.1%と、メディアも騒ぎ立てるため、やっと念願叶って宿った胎児への「命の選別」を、自ら下さなければならない場合も生じることになりかねません。
 折も折、2月21日(2013年)、東京都内の民間会社が「米国での検査を斡旋するサービスを開始する」と発表。米国のシーケノム社で判定すると公表しています。費用は約35万円、別に渡航費が必要だとか。
 この新型出生前検査は、シーケノム社が検査技術を開発し、2011年10月に開始しました。前述の日産婦も、シーケノム社に依頼して行なう計画で、この場合、費用は15万円。シーケノム検査会社にとっては、日本という新しい市場に進出する機会とばかりに宣伝をあおっており、既にイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、デンマーク、韓国では国の政策や勧告として、全妊婦に「ダウン症検査を提供している」との報道もあります。
 このように新型出生前診断が広範に渡って実施されるようになれば、「障害=不幸」という思い込みが、現在より一層拡散する社会になっていくのではないか?
 考えてもみましょう。妊娠するのは私たち女性です。その当事者である女性たちに、国が政策として新型出生前診断を勧告し、不安、疑惑、人工妊娠中絶を選択するよう仕向けることの是非について。


 私が性教育をライフワークとして決めた最初の海外取材(1970年)は、ジュネーブの障害児施設と、ノルウェーの有名な“子どもの城”でした。以降、今日までの40年余り、障害児・者と共に学ぶ性教育の仕事に打ち込んできました。
 ここで、ダウン症の赤石珠実さんを紹介しましょう。彼女とは8年前、私が、“ダウン症の子をもつ親の会”群馬支部の勉強会の講師を務めたときに出会いました。当時、特別支援学校高等部3年生の少女だった珠実さんは、26歳の自立した女性に成長し、現在は授産施設に通って、週の4日はパン屋さん、1日は工場でパン作り、レジも打てるし明るい人気者です。彼女はまた毎週土曜日に、集団療育訓練としての劇団活動に参加しており、「今までに出演したのは、夕鶴、サウンド・オブ・ミュージック、オズの魔法使いなどで、オズの魔法使いでは主役をやりました」と自信たっぷりに語ります。
 お母さんのかなえさん(50)は、「ダウン症の娘を育てることで、私も社会的に大きく成長させてもらいました」と感慨ひとしお。現在は障害児・者のための電話相談員として活躍しています。
 この親子の例でもわかるように、いま求められているものは、障害を持つ子どもを産まないための検査技術ではなく、障害を持つ子どもの安全な出産と育ちを保障する医療・福祉体制であり、高齢出産であろうと、また、生まれてくる子どもに障害があろうと、安心して生み育てることのできる社会の構築なのではないでしょうか?

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