北沢杏子のWeb連載
第112回 私と性教育――なぜ?に答える 2013年6月 |
UN AIDS(国連合同エイズ計画)の最新レポートと政治宣言 そのU
前回に引き続き、UN AIDSの最新レポート(2012年版)から、あまり知られていない「男性の医療的割礼のすすめ」について記述しましょう。ただし、ヨーロッパ諸国をはじめ日本には、こうした俗習はないので、誤解のないように。
■割礼とは?
国、地域により現在も、男性性器の一部(包皮の先)を環状的に削除する宗教的儀式や俗習があります。英語サーカムシジョン(Circumcision)は環状割礼の意ですが、この方法が一般的で、古代エジプト、イスラエル、現代のユダヤ教徒、イスラム教徒、ポリネシア、メラネシア、アフリカ、オーストラリアなどの地域で行なわれており、世界の男性人口の1/7が割礼を受けていると推測されています。
男児の割礼を最も厳重に行なうのはユダヤ教徒で、「旧約聖書」創世記の中に、「イスラエルの民は(神との契約として)生後8日目に割礼を受けること」と記されてあり、イスラム教でも、宗教的義務として生後7日目に行なうこと、ただし12歳まで延ばすことができると規定されています。
そういえば、私がJICA(国際協力機構)のリプロヘルスIEC事業専門派遣員としてチュニジアに派遣され、HIV感染予防のワークショップを行なったときのことです。私が『コンドームの正しいつけ方10ヵ条』の実習指導で「包皮を根元まで下げ、亀頭を完全に出してから……」と説明を始めたとたん、会場一杯の保健関係の教職員や保健師さんたちがどっと笑ったのです。つまり、イスラム教徒の多いこの国では男のあかちゃんは生後7日目には割礼(包皮の環状削除)を行なっているので、わざわざ亀頭を露出させる必要はない!というわけですね。
■割礼でHIV感染リスクは約60%減少する!
さて、話をもとに戻して、世界保健機関(WHO)とUN AIDSは、男性の割礼率が低い国々に対し、男性が自主的に医療割礼を受けることを推奨。医療従事者への割礼実施法の研修に着手しているそうです。
男性の自主的な医療割礼は、費用も安価で、しかも1回の支出で済むという得点があります。ボツワナ、ケニア、ナミビア、スワジランドでは、この男性割礼への(支出)予算を増額。早期に実施する政策を打ち出しました。
なぜ割礼が効果的なのか?割礼がHIV感染予防に結びつくのは、HIVが侵入した際、包皮にはHIVが増殖しやすいランゲルハンス細胞が集中するため、除去することで増殖防止の効果がある、更に包茎手術を行なうことで、亀頭の皮膚の強度が増すため、摩擦によって生じる細かい傷から感染する危険性が低下する、とも説明されています。
ちなみに(泌尿器科の専門医によると)そういった(割礼の)習慣のない日本では、成人男性の50%は亀頭が出ている性器、あとの50%は仮性包茎だということです。しかし日本では、日常的に入浴の習慣があり、性器を清潔に保つことは常識。また、HIV感染予防のためのコンドームも容易に購入できるので“「割礼」などは話題にする必要はない”と専門医は言っています。それにしても、日本の新規HIV感染者数は、年間1,000人以上増え続け、現在の累計、21,422人というのは、どうしてでしょうかね?
■ピンクリボン・レッドリボン運動
このUN AIDSレポートの中で、私が特に注目したいのは、子宮頸がんおよび乳がん(ピンクリボン)とHIV(レッドリボン)の運動の連携――本稿では、子宮頸がんについて記述します。
日本では毎年、15,000人の子宮頸がん患者が発生し、3,500人が死亡しています。子宮頸がんを引き起こすのは、HPV(ヒトパピローマウィルス)で、性交によって殆どの女性が感染しますが、自身の抗体により、その90%は1年数ヵ月のうちに消失、ウィルスは検出されなくなるそうです。
性交による感染ということで、日本では2010年度から、性交体験前の小6〜中1の少女たちに、子宮頸がんワクチンの予防接種を開始。本年度から“努力義務”となりました。
ところがこのワクチン接種によるマヒや関節痛、運動障害などの「副作用」に不安の声があがり、保護者たちが立ち上げた“被害者連絡会”には300件を超える相談があったとして、4月9日、厚生労働省に対し、副作用の追跡調査や治療体制の整備などを求める嘆願書を提出しました。
専門医によれば、性交体験前の小6〜中1女子の子宮頸がん予防ワクチン接種よりも、性交体験後の定期検診の方が、ずっと効果的で、定期検診をして早期発見すれば、簡単な手術で子宮頸がんは除去できるとのこと。「予防ワクチン接種より定期健診を!」と警告しています。
こうした実情を知るにつけ、「ピンクリボン・レッドリボン運動」は、注目に価します。HIV感染と子宮頸がんの原因であるウィルスは、どちらも性交によって感染するというリスク要因の組み合わせが共通しており、子宮頸がんとHIV感染予防のためのスクリーニングを同時に進めようというのは、すばらしい発想といえましょう。
私としては、男性だけの割礼の奨励よりも、男女平等の「ピンクリボン・レッドリボン」予防スクリーニング運動の方に軍配を挙げたいと思います。