北沢杏子のWeb連載
第116回 私と性教育――なぜ?に答える 2013年10月 |
青森県の小学校での「いのちの学習」 そのT
青森県G市の市立小学校5・6年生145人対象の私の性教育授業、「たのしいな、いのちの学習」を行なうチャンスに恵まれたのは、夏休み前の7月のことでした。
私は事前に、小学校の体育館の正面に並べられた何台ものホワイトボードに、(東京から持参した)大きなトランク2個分の手作り教材を貼る作業をしました。授業内容の進行にあわせて、思春期の体の変化、こころの変化、プライベート・ゾーン、いのちの誕生の順に。
準備が終った頃、児童たちがそれぞれ、椅子を持って入場し、体育館一杯の教室が出来上がりました。後方の椅子には保護者や本校の先生、近郊の小・中学校の先生方が並んでいます。授業時間は1時55分から(途中5分間の休憩を挟んで)3時30分までの2校時という長時間です。
性教育の授業は、導入の部分が最も難しい。というのも、児童たちは緊張と同時に、東京からはるばるやってきた「北沢先生」なる人物が好感の持てる相手かどうかを見極めようと鋭い眼差しを向けているからです。
私は先ず、ホワイトボードに貼った女子と男子の二次性徴の絵を指しながら語りかけました。
「きょうは、思春期の体の変化のお話から―みんなの年頃になると、脳の(両手の指先を、こめかみにあてて)、この真ん中あたりにある下垂体というところに、パチンとスイッチが入ってね、女子の場合は「女性ホルモン、出せ!」、男子の場合は「男性ホルモン、出せ!」という命令が、女の子は(教材を指して)、あかちゃんの卵が入っている卵巣に、男の子は、精子が作られる精巣、みんながタマタマとかキンタマとか言っている精巣に働きかけます。すると……」ここでもう、ワーッと大騒ぎ。145人全員が恥かしがって、両手で口をおさえ、身を引いてしまいました。
「あれ、恥かしいの?でも、一緒に給食を食べたクラスに、“毛がはえた”っていう子もいたよね?」、一同、えーッとのけぞる。「びっくりしないで!毛っていったってチンゲじゃないよ、口ヒゲだよ。誰だっけ?」。すると手を挙げたのは、その6年生男子。彼は堂々と正面に出てきて、私からマイクを受けとるなり、こう発表しました。「僕は男性ホルモンが出てきたので、声変わりしました、ヒゲもはえてきました。よろしくお願いしまーす!」。
これで雰囲気は激変。私の矢継ぎ早の質問、「女性ホルモンのせいで、おっぱいの大きくなった子は?月経(生理)の始まった子は?」、「男性ホルモンのせいで、声変わりした子は?口ひげのはえてきた子は?」に、“恥かしいことじゃぁなかったんだ”とばかりに手を挙げる子、大笑いする子で大賑わい。
ただ、二次性徴発現期には個人差があり、「まだ」の子を心配させてはいけない。「成長の“目覚まし時計”は、それぞれ違った時間に針があわせてあってね、少し後のほうに針があわせてある子もいます。そういう子は、もう少し経つとジリリリンって鳴るよ」と付け加えました。
そのあと、お母さん人形からあかちゃんが生まれる劇を先生たちの代役で行ない、「地球上の生物はみんな、種の保存という使命を持っています。私たち人間も、お父さんの精子とお母さんの卵子を合体させることで、あかちゃんが生まれ、次の世代へと、いのちをつないでいくのです」と、結びました。
夏休みが終って9月に入ると、担当の養護教諭からの「学校だより」と、児童たち145人分の分厚い感想文が届きました。その一部を紹介しましょう。
● 僕も声変わりしたみたいです。声変わりすると、ちょっと大人になった気分、おもしろそうだな/脳からの命令で、精巣から男性ホルモンが出されるなんて、初めて知った/私は、胸にコリコリしたものがあるのは、ホルモンのせいで、いまに柔らかくなって胸が大きくなるとわかって安心しました/おかあさん人形から赤ちゃん人形が生まれてくるところを、お父さん役の先生と助産師役の先生が見せてくれたのが楽しかった。「いのち」って、こういうことなんだ、となっとくしました/私はマンガをよく読むんですが、セックスをすれば子どもができちゃうなど、変なことしか書いてなくて、正しい言葉では「性交」といって、次のいのちをつないでいく大切なことだということが、わかりました。
児童たちの感受性豊かな感想文を1頁1頁読み進めていくと、性=生 性教育とは、まさに、「どう生きるか」という教育であり、それがすなおに伝わったことがわかります。
ある6年生男子の感想文には、「先生に質問したいことは、“いのちとは何か?”“生きるとは何か?”です。それから“本能とは何か?”とくに本能の鍛え方を知りたいです」とありました。
次回は、ブロードマンの脳地図を教材とした、「こころの変化」の学習のお話です。