北沢杏子のWeb連載

119回 私と性教育――なぜ?に答える 2014年1月

 

性的マイノリティへの理解と支援 最高裁 血縁なくとも父子と認定

 2013年12月12日の各新聞の一面は、「性別変更の夫、提供精子で妻が出産」「性別変更の夫は『父』、妻が精子提供を受け産んだ子供」「最高裁、性同一性障害で12月10日、初判断」と、大きく報じました。

 これは、FtM(女性から男性へ)の男性(30)と妻(30)が、第三者からの精子提供による人工授精でもうけた子ども(2)を「長男」として届け出たところ、東京都新宿区は戸籍上『非嫡出子』とし、子の父親欄を空欄にした。これに対し、訂正を求める審判申し立てを行なうと、東京家裁は「男性の生殖能力がないことは(戸籍の性別変更の記載から見ても)明らかで、嫡出子とは推定できないとして、これを却下(2012年11月2日の報道)」という案件です。

 このカップルの子どもが今回、晴れて『嫡出子』と認められたわけで、思わず「やったぁ!」と叫びました。
 最高裁第三小法廷(大谷剛彦裁判長)は、「妻が婚姻中に妊娠した子は、夫の子と推定する」という、民法772条を厳格に適用。「血縁よりも夫婦の実態の有無という婚姻関係を重視し、親子関係の存在を推定すべきだ」として、FtMの男性が、第三者提供の精子で妻との間にもうけた子どもを、法律上の子として初めて認めた判決を下したのです。
 ただ、今回の判決は、裁判官5人のうち3人の多数決で決定。2人の裁判官は「本件は、嫡出子推定の根拠がない」「民法の枠組みを一歩踏み出すことになる」との反対意見を述べています。

 しかし、生殖医療の進歩に伴い、妊娠の可能性の低い夫婦の「非配偶者間人工授精(AID)」は、高齢出産の激増もあって年々増えており、日本産婦人科学会の発表では、2011年には892人の不妊症女性に計3,082回のAIDが行なわれたとのこと。このような普通の夫婦の場合は、人工授精の赤ちゃんであっても、何の疑いもなく戸籍上に「嫡出子」と記載され、父親欄が空欄などということはあり得ないわけで、この不平等を見過ごすわけにはいきません。
 法務省によると、性別変更が認められた性同一性障害の人は、今年の3月末までで3,903人。女性から男性へと性別変更した男性が結婚し、妻がAIDでもうけた子どもの出生届も、2013年12月の時点で39例にのぼっています。今回の判決は、「血が繋がらなくとも親子として認めてほしい」と願う性的マイノリティの選択肢を広げた意義ある司法判断であり、あとに続く同じ悩みを持つ人々の道を拓いた快挙と言えましょう。

 「『父親として認められたということですか?』、仕事中に最高裁の判決を電話で知らされた男性は、思わず弁護士に聞き返した。そして妻とハイタッチして喜びあった」と、新聞は報じています。帰宅後、「なんで泣いてるの?」と訊く長男(4)に、「お父さんは、このお父さんしかおらんやろ。それが裁判で認められたってことや」と説明すると、何か嬉しいことがあったのだろうと、飛びはねる子ども。「本当に長かった……」と、彼は振り返ります。

 思い起こせば、幼ない頃から自分の体に違和感を持ち/中学・高校では制服のスカートがたまらなく嫌だった/妻との交際を機に2004年、「性別適合手術」を受け/2008年3月、「性同一性障害特例法」に基づき、戸籍上の性別を女性から男性に変更/同年4月、結婚/翌09年、長男誕生/居住地の兵庫県宍粟市役所に出生届を提出したが、「嫡出子」とすることを拒まれる/12年、本籍を東京都新宿区に移し、長男の出生届を提出するが、ここでも拒否され、東京家裁に審判申し立て/家裁、申し立てを却下/次男、誕生/東京地裁、高裁とも長男の戸籍申し立て却下/13年、大阪地裁に次男との親子関係確認を求め提訴/大阪地裁、棄却/そして12月10日、最高裁、長男を嫡出子と認める/続いて、次男のための裁判……と、まだまだこれからも続く長い長い闘いです。
 
 彼は毎日、2人の息子と仲よくお風呂に入ります。胸だけは性適合手術を受けたものの、性器までは手術をする必要なしと自己決定したようで、彼は子どもたちに話して聞かせます。「お父さんはなぁ、神様が間違えて、おちんちんがつかんで生まれてきたんやで」と。いつの日か、子どもたちは自分の「出自」について疑問を持ち、父親との血のつながりがないことに気付くはず。そのとき、「僕らの子どもに生まれたことを後悔しないよう、妻と二人で精一杯愛情を注いで育てています」と断言する彼。
 彼の過去の司法との闘いを知り、彼の家族への勇気あるカミングアウトと愛情に満ちた子育てを知れば、子どもたちも血縁にこだわることなく成長するのでは?と思うのですが……。感想をお寄せください。


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