北沢杏子のWeb連載

127回 私と性教育――なぜ?に答える 2014年9月

 

「性交」で受精が成功した「いのちのはじまり」の物語

 夏休みになると、私が仕事の拠点にしているアーニ・ホールには、「性教育」の進め方や、疑問、悩み、解答などを求めて、いろいろなグループがやってきます。月曜日はある地方の小・中学校養護教諭のグループ、火曜日は児童養護施設の思春期の子どもたちと職員の方々、水曜日は某大学助産学科の学生と教授たち、木曜日は5歳から11歳の子どもたちと、その“ママ友”グループといった具合に。
 このように毎日対象が変わり、事前に寄せられた質問の内容も、それぞれ異なっているので、回答のための資料調べや教材の変更、子どもたちのおやつの支度―子どもたちの勉強会は60分が限度なので、別室でおやつの時間とし、引率してきた大人たちは、その場で講座に移ります。
 さて、今回は“ママ友”グループの子どもたちの中に里子さんが2人おり、実の親から引き離されて育つ子どもたちに対し、『あかちゃんは どこから くるの?』の紙芝居を、どう演じるかなどと考えていました。そこへ、事前に里親さんからのFaxが……。以下がその文面の要旨です。

 現在、委託されているのは小学校2年生の男の子と5年生の女の子で、男の子は1歳半から、女の子は2歳から、東京都・児童相談所より委託され、今日に至っています。
 とくに小5の女の子は、愛着障害、ADHDの疑い、知的障害、脳波異常と診断されており、実母による身体的虐待もあった模様で、里子になってからも抱っこ拒否、肌に触れる下着も肌触りや締めつけない感じのもの意外は受けつけない、といった「虐待反応」があらわでした。特に「血」に対して極度に恐れるため(実父の実母へのDVを日常的に目撃していたせいか?)初経を迎える日も近いと思われるので、「そのあたりの説明が心配です」とありました。
 とはいえ、陽気な性格のご夫婦らしく、「わが家では2人の『出自』に関する告知は、早くから、明るく話すよう心掛けています。先日も『ほんとうのママは年をとっているの?』と訊かれたので、『産んでくれたママは(私より)メッチャ若いからいいじゃん』と答えました」。
 そして、「2人とも問題ありの子どもたちですが、脳天気なわが夫婦に染まって、平和で平凡な毎日を過しています」と結んでありました。

 当日になって、私はこの2人に特別の気配りは一切しないと決め、他の子と同じように話を進めることにしました。「みんなはお母さんから生まれたのよね?」「うん」「じゃあ、お父さんはどうして一緒に暮らしているのかな?」「あのね、ゴミを捨てにいくため」「お風呂のお掃除をするため」「ふーん、じゃあ男の子にきくけど、大人になったら、若い女の人の家のドアをノックして、『ゴミを捨ててあげるから、お風呂のお掃除をしてあげるから、一緒に暮らしませんか?』って言うの?」(笑)
 年少児に比べて年長児は、同じ質問―父親の存在について、こう答えました。「お父さんは働いてお金(生活費)を持ってくるため」「お母さんとセックスをするため」に一緒に暮らしているんだと思う……お母さんたちは「まあッ」とばかり、子どもの口元を押えようとします。
 私は平常心で受け入れてから、手作りの卵子と精子のペープサート教材を手に、話し始めます。
 「お母さんは、いのちのもとである“卵子”を持っています。お父さんも、いのちのもと“精子”を持っています。この卵子に精子が(卵子の隙間から精子を滑りこませ)ガッタイ!ってすると(卵子をひっくり返すとあかちゃんの顔)ほーら、あかちゃんになりまーした!」パチパチパチ……年少児たちは大喜び。
 それを横目に、年長児たちは「精子と卵子が、そんなにうまくガッタイするとは思えないな」とムッとした表情です。「そうね」と私。「うまくガッタイできない人を“不妊症”といいます。でもみんなは、お母さんの卵子と、お父さんの精子のガッタイが成功したから、きょうここに存在しているわけ」「ふーん、成功したのか」「そう、さっき誰かがセックスって言ったけど、正しくは“性交”といいます。お父さんとお母さんが性交をして、うまくガッタイが成功したから、みんなは生まれたんですよ。よかったね!」
 これで、年長児たちも納得。ママたちからは「性交が成功したですって?!」と安堵と感動の溜息が洩れました。

 後日、“ママ友”グループのみなさんから感想文が……。その中の里親ママの感想を転載してみましょう。
 「(里子の)子どもたちの疑問、『なぜ?』は、突然襲ってくるようで、信号待ち、お風呂、階段の途中で『ぼくはどこから貰ってきたの?』『私を産んだ人は誰?』ときかれることが少なくなかったので、北沢先生の『お父さんの精子とお母さんの卵子云々……』の説明に傷ついたのでは?と心配したのですが、帰るなり「よかった」「よくわかった」「また行きたい」「おやつがおいしかった」と飛びはねていました。子どもたちにも私にとっても貴重な体験でした」。そして最後に「2人の里子と養子縁組の手続きをすることにしました」とありました。
 委託里子からご自分たち夫婦の籍に迷うことなく移し、家族として暮らすこの一家に「幸あれ」と涙ぐんだ私でした。

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