北沢杏子のWeb連載

129回 私と性教育――なぜ?に答える 2014年11月

 

「障害者権利条約」やっと批准!日本は141番目の批准国 そのT

 2014年1月20日、日本は長年の悲願だった『障害者の権利に関する条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities 以下 障害者権利条約)』を批准しました。この条約は2006年12月に国連総会で採択、2008年5月に発効しましたが、日本は、同条約採択の翌2007年に署名はしたものの、批准に必要な国内法が不備だったため、「障害者基準法」の改正や「障害者差別解消法」の制定などを整備し、やっと批准。国連加盟193ヵ国のうち、141番目の批准国ですから、日本の障害者政策が如何に遅れているかがわかりますね。
 障害者権利条約は全50条からなっていますが、最も重要な3つの権利を挙げると、障害者へのあらゆる差別の禁止、障害者の権利・尊厳の遵守、障害者への合理的配慮の提供です。本稿では、この50条のうち、第19条:地域社会で自立した生活をする権利/第23条:性と生殖の自由が保障される権利/第24条:地域社会でインクルーシブな(排除しない)教育を受ける権利/第27条:職場での合理的配慮を受ける権利/第30条:地域社会での、文化的な生活に参加する権利―の4つの条文を実践した5人の女性の紹介から始めようと思います。

■障害者権利条約を実践した勇気ある人びと
 私が代表を務める「性を語る会」(設立 1987年)は、第102回シンポジウムのテーマに「知的障害児・者と学ぶ性教育―思春期・恋愛・結婚」を選びました。
 このテーマを選んだのは、タイトルが示すとおり、障害児も年齢が加わってくると、性的問題も、より深刻になってきます。初恋や失恋の悩みなどのほほえましいものは問題ないのですが、“出会い系サイト”を利用した性被害、または加害者として犯罪に巻き込まれたり、望まない妊娠や性感染症などの問題も起こってきます。
 それらの解決はどうすればいいのか?また、結婚したカップルには、どのようなサポートが必要なのか?などを、実例から学ぶ集会にしたいと考え、私がこれまでに行なってきた勉強会や講演会で出会った方々を、パネリストとしてお願いしたのでした。

● 第1話 第27条:職場での合理的配慮を受ける権利
  第30条:地域社会での、文化的な生活に参加する権利
 最初に登場した赤石珠実さん(26)とお母さんのかなえさん(50)は、私が「ダウン症の子をもつ親の会」群馬支部の勉強会の講師を務めたときに出会ったお二人です。
 当時、特別支援学校高等部3年生だったダウン症の珠実さんは、26歳の自立した女性に成長し、現在は授産施設に通って、週の4日はパン屋さん、1日は工場でパン作り。レジも打てるし明るい人気者です。
 「パン作りは楽しい?」と訊くと、「楽しいんですけど、犬の顔をしたパンの、顔の部分がはみ出しちゃったりして、間違えるとお店に出せなくなってしまうので」「まちがえちゃったパンはどうするの?」「施設の職員の方が買ってくれるんです」。間違ったパンを職員が買ってくれる―第27条:職場での合理的配慮を受ける権利を獲得した珠実さんに、会場から拍手が沸きました。
 彼女はまた、毎週土曜日に、集団療育訓練としての劇団活動に参加しており、「今までに出演したのは、夕鶴、サウンドオブミュージック、オズの魔法使いなどで、オズの魔法使いでは主役をやりました」と自信たっぷり。
 これも、第30条:地域での、文化的な生活に参加する権利を獲得し、実践している好例といえましょう。

● 第2話 第24条:地域社会でインクルーシブな(排除しない)教育を受ける権利
 次に舞台に上ったのは、静岡県から一家総出できてくださった、知的障害の健志君の両親、冨高佳美さん(44)と一生さん(46)。佳美さんは文字通り“肝っ玉”お母さんで、近隣の障害児の母親たちの署名を集め、市教育委員会にかけあって、地域の小学校に「特別支援学級」を開設させることに成功したという実践派です。
 ところがその健志君、性に目覚めた高等部1年生頃から、通学の電車や路線バスの中で、女子学生の脚や胸を触るという事件を起こすようになりました。そして高等部2年の3学期には、女子短大生の体に触り、“静岡県迷惑行為等防止条例”に抵触するとして警察沙汰にまでなってしまった。
 女子短大生はそれが原因で、就職活動の面接に失敗。健志君の両親は女子学生宅にお詫びに行ったものの、学校からは1ヵ月の「通学停止」を言い渡されてしまいました。
 この事件をきっかけに、佳美さんは県教委や校長会に日参し、高等部の「保健」の授業に性教育(特に、異性との距離のとり方)を取り入れるのに成功したとのことです。
 これこそ、第24条:地域社会でのインクルーシブな教育を受ける権利獲得のために闘った、1人の母親の果敢な成果といえましょう。

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