北沢杏子のWeb連載

134回 私と性教育――なぜ?に答える 2015年4月

 

「非配偶者間人工授精」で生まれた人々の声から知る 子どもの「出自」を知る権利

■「こうのとりのゆりかご」が問いかけるものは?
 熊本市の慈恵病院・蓮田理事長が「こうのとりのゆりかご」の運営を開始したのは、2007年5月10日のことでした。それ以降、有識者らによる検証委員会が、乳幼児預け入れの理由他の実態調査を行ない、2年から2年半毎に結果報告が行われています。その報告によると、第1期調査報告(2009年10月1日)では81人の、第2期調査報告(2011年10月1日)では30人の、第3期報告(2014年3月31日)では20人のあかちゃんが預けられています。
 検証委員会の慈恵病院に対する勧告は、毎回、「匿名ではなく、秘匿を順守することを条件に、その出自を明らかにする相談につなげること」となっています。というのも、預け入れられた子どもたちは思春期になると必ず、自分の出自に疑問を抱き、出自不明による自己のアイデンティティの揺らぎで悩む日常が、生涯続くということが、実態調査でわかっているからです。

■(匿名でも)生きている方がいいのだろうか?
 私は、仕事の拠点としているアーニ・ホールで、東京および近県の看護専門学校の要請による学生対象の講座(12校 年間600人)を行っていますが、いくつかあるテーマの中に『日本の人工妊娠中絶(法律)の歴史とあかちゃんポストの現在』があります。
 私は講座の途中で、学生たちに問いかけています。「遺棄や虐待死されるよりも、匿名でもいいから、生きて預け入れられたほうがよいと思う人は?」と。すると、迷いながら、約半数が手を挙げるのです。
 そこで、出自不明とアイデンティティの揺らぎについて「私はどこから来たの?」の見出しの新聞記事※他を読み、問題提起をします。
 新聞記事の医師加藤英明さん(38)は、医学生時代、血液疾患を専攻。両親の採血を得て自分の血液と比較し、自分に父親の遺伝が見られないことに疑問を覚えます。
 次にHLA(ヒト白血球抗原)の検査を教官に依頼。数日後、検査用紙を見せられ、父親の遺伝が全くないことが判明します。
 そこで母親を追求すると、母親は涙ながらに「お父さんが無精子症だということがわかった時点で、AID(非配偶者間人工授精)の治療を受け、あなたが生まれた」と告白。
 彼は驚きと同時に「これまでの父と過ごした人生は偽物だったのか?」と絶望的な気持ちに傾斜していくと同時に、医学生特有の方法で、精子提供者の追及を開始しますが、「手がかりは見つかっていない」と、新聞は報じています。
 こうした討議の末、学生たちは「自己の出自を知ることが如何に重要か?」を初めて知り、挙手した人々は訂正するのです。

■精子提供(AID)で生まれた人たちの声
 上記の加藤英明さんも加わっているグループに、「非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ」があります。この人々が書いた本『AIDで生まれるということ』※※の中から、当事者たちの「出自」に関する悩みや、AIDという生殖技術に対する意見の要旨を転載してみましょう。

Aさん(当事者、以下同じ) 私がAIDで生まれた理由は、「離婚は無理」「家長に跡取りがないのは世間体が悪い」ということから、父親が決めて母親が従ったという形のようです。その事実を知ったとたん、「遺伝上の父親は、だれ?」「どういう考えで精子を提供したのか?」「その人は、いま何処に、どんなふうに生きているのか?」と……。いまでも「自分の半分はどこから来たのだろう」という気持ち、自分一人がふわふわと宇宙に漂っているような感じが続いています。
Bさん 私自身は“AIDなんてやめてほしい”というのが本音です。「愛情を持って育てればAIDで生まれたって大丈夫だろう」とか、「AIDで生まれたことを乗り越えて、よい人生にするのは、その人次第」などと言われますが(略)私は精子提供者がどんな人なのか知りたいと思うと同時に、このような生殖技術に大きな疑問を感じています。
Cさん 母親から告知された後、一度失った母に対する信頼感は回復できず、また、親に否定的な思いを持つ自分に対して強い自己嫌悪の気持ちが起きて、感情が大きな振り子のように揺れ動いています。
 告知以降、母も贖罪の気持ちからか私に遠慮がちで、お互いに気持ちの距離が遠く、表面上だけの関係を取り繕っています。家族とは、何なのでしょうか。

■子どもに自己の「出自」を知る権利を!
 ここで、前回紹介したドイツの『妊婦援助および内密出産法(法律)』を読み返してみよう。「さまざまな葛藤状況にある妊婦は、仮名で助産施設、または、(助産師のケアを受けながら自宅)での出産をすることができる―ただし、女性はあらかじめ実名を相談所に届け出なければならない」と、規定されています。
 そして、実名(住所氏名、届出の年月日、仮名を希望する理由他も書き込む)は、官庁の「家族・市民社会局」に保管され、その子どもが16歳になった時点で、母親の実名を知ることができる、となっています。
 つまり、自分の「出自」を知る権利は、重要な「基本的人権」であるということを、ドイツの今回の法整備は示しているといえるのではないでしょうか。前述の精子提供(AID)で生まれた人々も、もっと早期に(子どものうちに)真実を告げられていれば、あれほど悩むことはなかったのでは?と思うのです。
 自己の出自を知ることは、「子どもの権利条約」に謳われている、最も基本的な権利なのですから。

※2012年5月18日 読売新聞
※※ 萬書房 2014.6.30 第2刷 発行

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