北沢杏子のWeb連載

146回 私と性教育――なぜ?に答える 2016年4

 

保育園落ちた日本死ね!!!

 「保育園落ちた日本死ね!!!」の匿名のブログが投稿されたのは2月15日(2016年)のことでした。2月29日の衆院予算委員会で、民主党(当時)の山尾志桜里衆院議員※がこれを取り上げ、「保育制度対策」について質問すると、安倍首相は、「匿名である以上、実際に本当であるかどうかを私は確かめようがない」と素っ気ない回答。
 一方、この過激ではあるものの、働く若いママたちの胸にぐさりときた切実なブログをきっかけに、保育制度の充実を求める署名運動が全国的に広がり、僅か6日間で27,682人分の署名が。3月9日、この運動に参加した母親たちが、塩崎恭久厚生労働相に署名簿を手渡して、対応を訴えました。

 さらに、同じ日の衆院厚労委員会で、山尾氏が、署名に添えられた次のようなコメントを読み上げたのです。「夫の収入は少なく、働かねばなりませんが、保育園に入れてもらえませんでした。子どもをおぶってでもよければ働きたいが、社会が許してくれません」と。そして塩崎厚労相に対し「こうした悲鳴に共感する声が猛烈なスピードで広まっている。子育て支援の取り組みを急ぐように」と迫りました。

 同じ頃、このブログに奮い立った若い母親や父親が、手に手に「保育園落ちたのは私だ」と書かれたプラカードを持ち、国会議事堂前で抗議運動を展開(右上、写真)。ベビーカーのあかちゃんの上には「落とされたのはオレだ!」の文字も。この報道写真に、思わず快哉を叫んだ人も少なくなかったのではないでしょうか。

 一方、この熾烈なブログへの反発も。東京・杉並区の区議田中裕太郎氏は、自身のブログに、これも過激な「便所の落書き!」と書き込み、驚いたメディアが取材に駆けつけると、「“日本死ね”などと書き込む不心得者や、そんな便所の落書きをおだてる愚かなマスコミ、便所の落書きにいちいち振り回される愚かな政治家ども」とこきおろす始末。
 とはいっても、上記の匿名のブログは“便所の落書き”どころか、「一億総活躍社会じゃねーのかよ!」「会社やめなくちゃならねーだろ」など、長々と続いており、これに対し、フェイスブックで共感を表す「いいね!」は、46,000件を超えたとか。

 安倍政権は昨年の秋、ブログにもあった看板政策「一億総活躍社会」の実現に向けて、保育の受け皿の整備目標を50万人にすると表明。新年度の予算案で、待機児童の多い都市部での整備を促すための「小規模保育所」への補助に重点を置いたものの、施設を増やしても保育士が9万人不足。賃金が全産業の平均より月額11万円も低いという待遇の悪さが、保育士を確保できない原因となっています。こうした現状を抱えて、ブログにもあったように「一億総活躍社会じゃねーのかよ!」と突っ込まれては、夏の参院選にも影響すると、自民党幹部は危機感を強めているとか。

 では、保育施設に入れなかった待機児童はどのくらいいるのでしょうか?認可保育施設に申し込んでも入れなかったのにもかかわらず、「待機児童」と認定されなかった子どもは、昨年(2015年)4月の時点で49,000人。自治体が待機児童と認定したのは、同時期で23,167人。やむなく母親が職場に1年間の休業を申し出た「隠れ待機児」は、調べようがないというのが現状です。
 ここで、女性の労働市場でのジェンダーの平等も、子産み子育ての社会保障も充実しているフィンランドの例を紹介します。

 フィンランドの女性の労働市場参加率は男性とほぼ同等で、働く女性にとって「子育て支援制度は女の権利」と考えられています。ヘルシンキでは、すべての子どもが1日5時間の保育を無条件で受ける権利があり、この他に全日保育、夜間保育、週末保育、24時間保育サービスが所得に応じて有料で受けられ、親は保育サービスの種類を選ぶことができます。
 さらに、すべての母親が105日間の出産有給休業を取る権利を持ち、復帰後は元の職場で同じ仕事、または同レベルの類似の仕事に戻る権利をもっているのです。父親には18日間の産休と12日間の有給育児休業(パパの1ヵ月)を取ることが義務づけられており、この有給休業を取らなかった場合は、「罰則」まで、もうけられているという徹底ぶりです。
 こうした恵まれた子育て社会保障制度の結果、女性1人の出生率は1.85人と、安倍政権が目指す「希望出産率1.8人」より多くなっています。そう、同じように、「子育て支援は女の権利!」と、子育てママたちが主張できる社会に政策を改革すれば、誰かさんの云う“便所の落書き”にも似た「保育園落ちた日本死ね!!!」の、激しい怒りのブログは、なくなるでしょうにね!

※ このブログの訴えを、いちはやく国会で質問した山尾氏は、「民進党」政調会長に起用された。

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