北沢杏子のWeb連載
第155回 私と性教育――なぜ?に答える 2017年1月 |
卵子・精子はもちろん、体外受精による受精胚をも凍結・融解して
“いのち”を創る生殖医療とは? そのV
■不妊は女性側の問題だけではなく、精子の老化も原因!
WHO(世界保健機関)は、精液検査の基準値として、1回の射精による精液が、「これ以下なら異常」だという6項目の数値を挙げている。
@精液量 1.5mL以上 A精子濃度 精液1mL中に1500万個以上 B精子の運動率 40%以上 C正常形態の精子率 4%以上 D総精子数3900万個以上 E白血球数 精液1mL中に100万個未満―と。
精子濃度は、精液1mL中に最低1500万個以上となっているが、1億、2億、3億と多いほうが受精しやすくなるのは当然。運動率も40%となっているが、50〜80%のほうが妊娠しやすくなることは明らかだ。
精液・精子の検査で、精子濃度が低ければ「乏精子症」、奇形精子が多ければ「奇形精子症」、精子が全くない場合は「無精子症」と診断される。
■不妊検査や治療は、夫婦共に受けよう!
……というわけで、男性も、加齢と共に精子数や運動率が低下し、受精率や妊娠可能率も下るということを理解すれば、女性だけが、採卵のための排卵誘発剤の長期にわたる服用や、卵巣穿刺で苦労しなくても、男性側の検査や治療を同時に進めることによって、女性側のみのストレスも氷解するに違いない。
ところで、不妊の原因が男性の射精障害や精管の通過障害が原因であることも、最近わかってきた。その場合は、精嚢に直接メスを入れて、受精できる精子を採取するとのこと。
女性だけが「卵子の採取」で大変だと思っていたら、男性も「精子の採取」など、大変なんだ!と、素人の私はここでも反省した次第。
では、再び、最新の『生殖医療』の記述に戻ろう。
■精子凍結の方法と効果―
「人工受精」に必要な精子の凍結は、どのように行われるのだろうか?精子の採取は、ふつう、マスターベーションによって大量の精液が得られるため、その方法がとられている。
こうして得られた大量の精液は、射精後はゼリー状に固まっているため、まず室温で数10分間静置され、液化されるのを待つ。次にその中から少量を採り、精子濃度、運動率、形態などをチェック。培養液で洗浄して、運動の良好な精子を選別し、濃縮する。
そのあと、凍結保護剤を加えて細胞内にある水分を、ある程度減少させ、プラスティックのストローに注入、液体窒素の蒸気で凍結する。この容器には、それぞれID(識別/暗証番号)や名前などを記入し、マイナス196℃の液体窒素タンク内で保存する。このようにして適切に凍結すれば、どれだけ長期間たっても変化することはないという。
その例として、英国マンチェスターに住む、“精巣がん”と診断された17歳の少年が、精子凍結を選択。彼はその後回復し、精子凍結後21年目に結婚。凍結・融解した精子と妻の卵子を人工受精することで、わが子の誕生を実現したという。
■80ヵ国に輸出するデンマークの精子バンク「Cryos」
精子バンク「クリオス社」の代表オーレ・ショウは、1953年生まれ。1987年、地元オーフス市で創業。その後デンマークの首都コペンハーゲン他、国内の都市ばかりでなく、2015年には米国フロリダ州オーランドに進出している。
彼の“精子バンク創設”のエピソードも面白い。2012年、英国の新聞ガーディアン紙のインタビュー記事によると、オーレ氏は学生時代に大学図書館で読んだ書籍から精子に興味をそそられ、マスターベーションで得た自分の精液を、自宅の冷蔵庫で凍結保存していたという。
すでに幼少の頃、彼は青い波の中に膨大な数の精子が泳いでいる夢を見たとか。クリオス社のロビーには、一風変ったその絵画が展示してある。
この狂信的なまでの精子へのこだわりが、彼を精子バンクへの発想へと導いたのだろう。世界的に拡大の一途をたどる顕微授精にとって、いまや精子バンクは必要不可欠の存在だ。
■凍結精子、世界80ヵ国に国際宅配便で発送
クリオス社では、毎週月曜日の早朝から、ラボ(研究室)テクニシャンの女性たちが、ストロー詰めの凍結精子が入った液体窒素容器を“ドライジッパー”という専用容器に詰める作業に追われている。月曜日は世界80ヵ国からのオーダーに応えて冷凍精子を発送するのに最適の日なのだ。というのも、このコンテナの配送を国際宅配専門会社に依託すれば、世界中どこでも4日以内に到着する。注文先に届くのが週末にかからないようにするためには、月曜日が最適なのだとか。
(次号に続く)資料―「AIDで生まれるということ」
非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ/長沖 暁子 編・著 萬書房
「生殖医療の衝撃」石原理 著 講談社現代新書、
「人工授精の近代」 由井秀樹 著 青弓社、
「ルポ 同性カップルの子どもたち――アメリカ「ゲイビーブーム」を追う」 杉山麻里子 著 岩波書店