北沢杏子のWeb連載
第156回 私と性教育――なぜ?に答える 2017年2月 |
卵子・精子はもちろん、体外受精による受精胚をも凍結・融解して
“いのち”を創る生殖医療とは? そのW
■凍結精子を匿名にするか?非匿名(提供者の名前を明示)するかは、各国の法的規制によってきまる!
スウェーデンは1983年、「人工受精法(法律)」を整備し、提供精子で生まれた子どもが18歳になった時点で、提供者の住所・氏名などを知る権利を組み入れた。続いてノルウェー、フィンランド、オーストラリア、英国、ドイツが、体外受精児が自分の出自を知るための法整備を行った。
一方、フランスは「提供精子は匿名に限る」と規定している。デンマークは、精子提供者が、匿名か非匿名かのどちらかを選ぶことができ、受け取る側も、どちらかを選択できる法改正を行った。その結果、デンマークの精子バンク・クリオス社は、顧客の注文に応じて、匿名提供者の精子も非匿名提供者の精子も供給できるようになり、世界80ヵ国以上の注文に応じられる精子バンクとして発展したのだ。
ちなみに、人工授精1回分の精子の価格は、質や量によって異なり、500ユーロ(約6万5000円)から1500ユーロ。送料は、EU圏内なら約220ユーロ、それ以外の地域へは約370ユーロで配達可能だそうである。
■顕微授精で出生の子、精子の機能低い傾向
最近、1992年に世界初の顕微授精での妊娠・出産を成功させたベルギーの病院グループが、英医学誌に調査結果を発表。それによると、1992年〜96年に顕微授精で生まれた18〜24歳男性54人を、通常妊娠で生まれた同年齢の男性57人と比べたところ、精子濃度、運動能力に、世界保健機関(WHO)の標準値を下回る割合が3〜4倍高かったと。顕微授精への難しい課題は、これからも続きそうだ。
では、女性側から見た「第三者提供の精子の実態」は?
■独身のキャリアウーマン、85%が「非匿名精子」を選択
女性の社会進出に伴い、キャリアを追求する独身女性たちが増えてきたのは先進国共通の現象だ。こうした高学歴・高所得の女性たち、さらにレズビアンカップルが選択するのが、非匿名精子である。
その理由は、独身女性の場合、「体外受精で生まれたわが子に、生物学的父親にアプローチする可能性を与えたい」、レズビアンカップルの場合は、「子どもが、生物学的父親のことを知りたい」となったとき、匿名では、「子どもの親を知る権利を保障することができないから」と主張している。
「非匿名精子」を必要とする顧客に向け、クリオス社のホームページは、精子提供者の詳細なプロフィールを掲載している。希望する瞳の色/髪の色/血液型/身長などを選び、サーチボタンを押すだけで、希望した精子提供者のリストが出てくる仕組みだ。顧客はウェブサイトを見ながら、それらの情報を比較検討して注文。クレジットカードの決済が済めば、国際宅配便で自宅まで届く仕組みになっている。
ちなみに、凍結精子を注文した女性たちは、これを20分かけて常温で解凍し、専用の人工受精キットを使って、自分の排卵日に自分で、子宮に注入するのがふつうだとか。
■注文精子の品質管理
精子バンクの隆盛に欠かせないもうひとつの重要な条件は、精子の品質管理だ。精子提供者の感染症スクリーニング/染色体検査/遺伝性疾患の遺伝的要因他をチェックする遺伝子検査などを徹底的に行った上で、ドナーを選ぶ。
クリオス社代表・オーレ氏によれば、精子提供候補者の中で、この品質管理にパスし、提供に至る男性は、僅か10%にすぎないという。このように確実な精子バンクから購入した精子は、これが商業ベースであるからこそ、厳密な商品管理が行われ、問題が生じてもフォローアップできる、と彼は主張する。
■「卵子バンク」は?凍結卵子は?
第三者からの提供卵子の購入先は当然、「顕微授精のできるクリニック」に限られる。従って「卵子バンク」は、人工受精専門のクリニックに、凍結卵子を出荷することになる。
故に、バンクは、卵子提供者を、一度に多数の卵子が得られる可能性の高い20代に限定。ホームページには、卵子提供者の顔写真つきのプロフィールを掲載、選択可能だ。
出荷される凍結卵子は、同一提供者によるものが“6個単位で1ロット”とし、米国の場合、価格は15,000ドル(160万円)。提供女性に支払われる報酬は3,000〜1万ドル(75万〜107万円)となっている。
これに比べ英国では、卵子提供者への報酬は禁止。卵子提供者はすべてボランティアで、1回の提供につき交通費として750ポンド(10万5000円)が支払われるのみだ。
■未受精卵の凍結、日本の現状は?
わが国では、2014年4月、日本産婦人科学会の会告により、多くの施設が学会に施設登録し、未受精卵の凍結保存を行っている。しかし、あくまでも「医学的凍結(悪性腫瘍治療他に備えての採卵など)」であり、「社会的凍結(将来の晩婚・晩産に備えての採卵)」については触れていないため、どのくらいの数の卵子凍結が、実際に行われているかは明らかではない、とのことである。
凍結保存には数十万円かかるため、費用を助成する自治体も出てきている。いづれにしても、今後とも飛躍的に進展するであろう生殖医療と健康に対して、十分な知識と理解を持つ必要があることを、本稿の「結び」としたい。資料―「AIDで生まれるということ」
非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ/長沖 暁子 編・著 萬書房
「生殖医療の衝撃」石原理 著 講談社現代新書、
「人工授精の近代」 由井秀樹 著 青弓社、
「ルポ 同性カップルの子どもたち――アメリカ「ゲイビーブーム」を追う」 杉山麻里子 著 岩波書店