北沢杏子のWeb連載
第163回 私と性教育――なぜ?に答える 2017年9月 |
無痛分娩の事故 防ぐには?
―私たちが考えなければならないこと―
■無痛分娩の女性死亡 遺族側、麻酔が原因と主張
神戸市の某産婦人科病院で、2015年9月に、麻酔でお産の痛みを和らげる無痛分娩を希望した女性が、出産時に呼吸困難に陥り新生児(長男)と共に重い障害を負った。そして今年5月(2017年)に亡くなったことが判明。遺族側は、無痛分娩の際の麻酔が原因だと主張している。
遺族側の代理人弁護士によると、産婦人科医の男性院長は、女性の背中に細い管を通して麻酔を注入する硬膜外麻酔※で無痛分娩を実施。その直後、女性は呼吸困難となり別の病院へ搬送。緊急帝王切開により長男を出産したが、低酸素脳症のため意識が戻らないまま、1年8ヵ月後に死亡。原因は低酸素脳症による多臓器不全だったという。長男も重い脳性麻痺を負い、現在も入院している。
弁護士は、医師が麻酔の針を本来と違う部位に誤って注入したことで、呼吸などができなくなる全脊椎麻酔になった上、母子の状態の確認も不十分だったと主張。病院側は昨年12月、院長の過失を認め、遺族に示談金を支払ったという。
■無痛分娩―医療機関の実態調査
無痛分娩は、分娩時の痛みが和らぎ、産後の回復も早いことから、希望する妊婦が少なくない。欧米では、自然のお産の半数以上が実施。産科医、麻酔科医、新生児医が揃った大病院で行うのが主流だ。ところが日本では、60%が小規模な診療所で行われていたことがわかった※※。
朝日新聞の調査によると、お産の事故で、新生児が脳性麻痺になった場合に補償金を支払う「産科医療保障制度」の原因分析報告書1443件のうち、無痛分娩の記録は40件。その中で、麻酔が原因で母親や新生児に障害が残ったケースは5件あった。いずれも診療所で、産科医は1人か2人、麻酔科医はいなかった。
日本産婦人科医会は、多くの診療所が医師1人で担当し、麻酔薬の投与や麻酔時の母子の状態の確認方法、陣痛促進剤投与後の見守りなど、充分な対応ができなかったとして、更に詳しい実態を調べている。
では、どうすればいいのだろう?有識者の意見を転載したい。
■有識者の意見
勝村久司氏(医療情報の公開・開示を求める市民の会代表)
一般の人に提供されている無痛分娩の情報は、いい面ばかりが目に付き、リスク情報は殆どない。このような状況では、安全性の高い医療機関を選びたいと思っても、判断基準がわからない。
重大事故が報道された後、医療関係者から、「妊婦が不安になるではないか」という批判が出た。しかし、不安になるとしたら、それはむしろ、情報が提供されていないためだ。
無痛分娩を行う場合、安全性の高い体制とはどういうものか、どういうリスクがあるのか、正しい情報があれば選択も判断もより的確にできるに違いない。日本は、無痛分娩の体制だけでなく、基本的な情報公開の面でも、欧米に比べて遅れていると思う。
荻田和秀氏(りんくう総合医療センター産婦人科部長)
産婦人科診療所は、医師の高齢化と人手不足で、維持に苦慮するところが増えている。母子の安全性を最優先するなら、出産は集約化された総合病院に限ると限定することが大事だ。
私が勤める大阪府泉佐野市の病院は、年間約1,000件の出産を手がけている。診療所などから妊産婦が救急搬送されることも、年170件ほどある。
大病院で急変した場合、産科、新生児科、麻酔科、救急科のスタッフが集結して対応する。私たちは日頃から、様々な状況を想定して模擬訓練も行っている。日本の、産婦人科医減少に合わせて、診療所は妊婦健診と産後のケアを中心に、出産は大病院が主に担うという役割分担を検討すべきではないか。
■私は忘れない おまえの生まれた朝を―
近年、35歳以上の高齢出産が多い※※※ことや、産後の回復が早いなどの利点から、特に働く女性の間に無痛分娩が拡大の傾向にあるとか。だが、背中に入れた細い管から麻酔薬を注入されるなんて、考えただけでもいやだ。お産の苦しみを、楽しい思い出にすることはできないだろうか?
私は2度のお産を経験しているが、そのとき、どんなに痛かったか、苦しかったかなんて、全く覚えていない。むしろ“新しい輝くいのち”を眺めるのに夢中だった。
次の詩、「私は忘れない おまえの生まれた朝を」は、私の作詞、アイ・ジョージさんの作曲・歌でレコーディングされた。
この詩は、若い母親が初めて体験する、嵐のような出産のプロセスを、「パートナーにも共有してほしい」と願い、作ったものだ。
おまえの生まれたあの日の話をしてあげよう/固いベンチ、おまえのママの苦しむ声が/ドアの向う、ドアの向うできこえていた/とてもとても長い長い、夜だったよ
おまえの生まれたあの日の話をしてあげよう/嵐のなか、おまえのママは新しい海に/輝くいのち、輝くいのちを生み出した/待ちこがれていた、出会いだったよ
左 北沢杏子 右 アイ・ジョージ (1972年)
※ 脊髄を保護している硬膜の外側に細い管を入れ、麻酔液を注入する方法。
※※ 日本産婦人科医会の調査
※※※ 出産した女性の約28%が35歳以上。35歳以上の初産は21%(2015年 人口動態統計/厚労省)。