第17回 

 私と性教育─なぜ?に答える

 


 

 

2005.7

知的障害をもつ子どもの親と先生へ

性を語る会代表  北沢杏子

 
       
 

 「知的障害をもつ子どもが思春期を迎えたら、どう受けとめ、その成長に喜びを感じることができるようになるのでしょうか。テレビを見ながらズボンに手を入れている息子の後姿を見ながら、今後どう対応していったらいいのか胸を痛めています」と、あるお母さんは、私への手紙の中で綴っています。

 乳幼児期には、病気やら怪我やらで、はらはらさせられた子育ても一段落し、小学校高学年にさしかかると「これで、ひと安心!」と、どの親もがホッとする時期が思春期のはず。ところが、知的障害をもつゆえに、その子の性的成熟に戸惑い、不安感を募らせている親御さんの気持ちが、じーんと伝わってくる内容でした。

 また、養護学校の先生からは、「卒業後、男女関係で失敗し、望まない妊娠・中絶を繰返す女子を見ていると、在学中に、社会人として最低限必要な性に関する指導・支援が足りなかったのでは、と反省しきり。教え子に申し訳ない気持ちでいっぱいです」といった切実な手紙も届きます。これは何とかしなくては!と切羽詰まった気持ちで、いま私は『知的障害をもつ子どもへの性教育Q&A』という本を書いているところです(10月20日発行予定)。

 私は年間200時間ほど、全国の小・中・高校・大学の性教育の授業や講演などで駆け回っていますが、その約半分を障害をもつ子どもや仲間たち、保護者、支援者の方々のための「おはなし会」や「研修会」に使っています。そして、ずーっと、子どもや親、先生方の性に関する質問や悩みを書きとめてきました。

 そのノートも何十冊かたまったので、その中から、よく質問される50問を抽出し、分類して4章に構成しました。1章がくらしの中の性Q&A、2章が二次性徴/マスターベーションQ&A、3章が異性への関心・結婚願望・避妊Q&A、4章がマスメディアの影響/性感染症・エイズQ&Aです。

 こうして分類していると、そのときどきの情景が鮮明に蘇ってきます。教材に使った縫いぐるみのはつかネズミに自分のおやつを食べさせようとした5歳の女の子。お父さんが病気で亡くなったあと、孤独のお母さんを支えようと母親に結婚を申し込んだ中等部1年の男子…。

 親が子を殺し、子が親を殺す殺伐たる現社会の中で、この子たちは決して、そんな行動をとらないでしょう。しかし、純真無垢で人を疑うことをしない子どもであればあるほど、児童虐待、性被害の対象になったり、性犯罪に巻きこまれたりする恐れがあります。

 だからこそ、いやなことは「いや!」といえる自己決定力と、それを言葉に、言葉がでなければ別の表現で主張できる表現力を伸ばすためのトレーニングに、親や先生は力を尽くさなければならないと思うのです。

 ある養護学校の寄宿舎の、言葉のでない高等部1年男子が、職員室に敷布団を丸めてえてきて、「女…女…」と言いました。雑談をしていた男性の先生方が、それを見て(彼の要求を誤解し)声高にあざ笑ったというのです。男子は涙をぼろぼろ流しながら女性の先生の前で、その布団を広げ、訴えました。「女…先生…縫う」と。布団が破れて中の綿がはみだしたので、「縫って欲しい」という要望だったんですね。

 声のでない障害をもつ子どもでも、健常児と同じように感情も感受性も持っています。女性の先生が男子の声なき声に耳を傾けたように、ゆっくり辛抱強く聞けば、思春期の子どもが自分の性について、質問したいこと、主張したいことが、たくさんあることもわかってくるはずです。

 彼ら彼女らに寄り添い、同じ目線で、その望むところを聞きとる努力をすることこそ、親や先生、そして私たち支援者の仕事だと思うのですが、どうでしょうか?


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