北沢杏子のWeb連載
第173回 私と性教育――なぜ?に答える 2018年7月 |
東京都足立区立中学の「性教育」に都議・都教委が不当介入―
■はじめに
まず、現在の緊急課題として、目の前で起こった足立区立中学校の「性教育」に対する都議・都教委の「教育への不当介入」について述べようと思います。
■都議会議員、区立中学校の「性教育」に不当介入
2018年3月5日、卒業を目前に控えた東京都足立区立中学3年生対象の総合学習の時間に、教員たちが「性教育」の授業を行った。
高校生になると、予期せぬ妊娠や中絶が急増する現実を伝え、「子どもを産み育てられる状況になるまでは性交を避けるのがベスト」と強調した上で、コンドームは性感染症を防ぐには有効だが、避妊率は9割を切ること、正しい避妊の知識および人工妊娠中絶を受けられる「母体保護法」の法的期限(妊娠21週まで)も教えた。
この授業に対し、3月16日の都議会文教委員会で、古賀俊昭都議が「中学校学習指導要領にない性交、妊娠、避妊、中絶を教えることは問題だ!」と指摘。都教委の担当部長も「中学生の発達段階に合わない内容、指導だ」と断定し、都教委は区教委を通して授業内容を調査させ注意喚起する方針を決めた。
これに対し区教委の担当者は「10代の望まぬ妊娠や出産を防ぎ、貧困の連鎖を断ち切るためにも、授業は地域の実態に即して行われ、生徒と保護者のニーズに合ったものだ。性交や避妊の授業は、引き続き教える」と答え、授業を実施した中学校の校長も、「授業は自信を持ってやっている。自分やパートナーを大切にする内容であり、避妊法に触れるからといって“性交をしていい”とは教えていない。今後も授業を続ける」と断言した。
教育に対する「政治の不当介入」とのメディアからの批判に対して古賀都議は、「中学生の段階で性交や避妊を取り上げるべきではない。行政を監視するのが我々の役割りで、不当介入にはあたらない」と反論している。
■2003年 七生養護学校(現・特別支援学校)の「性教育」事件
そもそも「不適切な性教育!」と弾劾したこの古賀都議は、2003年、都立七生養護学校で行われていた性教育の授業を批判し、これを受けて都教委は、今回の足立区立中学校と同じく「教育への不当介入」を行ったのだった。
この「不当介入」をきっかけに、七生養護学校の教員29人と保護者2人の計31人が、2005年5月12日、遂に告訴に踏み切り、2013年11月28日の最高裁勝訴まで、8年半の闘いを展開する。
各メディアは、今回の足立区立中学への「政治の不当介入」は、2003年の七生事件と同じであり、都議の指弾も、それに応じた都教委の対応も同様だと報道している。
ここで、報道でたびたび出てくる七生養護学校の「こころとからだの学習」の目的と、裁判の経緯について記述しよう。
■七生養護学校が性教育を始めた理由
旧・七生養護学校は知的障害児が学ぶ学校で、隣接の七生福祉園(児童養護施設)の知的障害児がクラスの50〜70%を占めていた。特に施設から通ってくる児童・生徒は、幼児期からの虐待やネグレクトなど、さまざまな成育歴を抱えている子どもが少なくないため、自己肯定感が低く、特に思春期にさしかかると、児童・生徒間の性的問題行動が、しばしば暴発するのだった。
教職員たちは、この子どもたちに「いのちの大切さ」と思いやりの心、自己肯定感と「生きる力」を与えたいと考え、試行錯誤の末に行き着いたのが「性教育」だった。
特に高等部の生徒には、社会に出た後に困らないよう、性交・妊娠・避妊などの知識を身につけさせようと、さまざまな工夫を凝らした性教育を行ったのだ。