北沢杏子のWeb連載
第182回 私と性教育――なぜ?に答える 2019年4月 |
性教育の授業で「性交」の用語を使えない理由は?
「性を語る会(代表 北沢杏子)」主催の第115回シンポジウムのタイトルは、『いまこそハンディのある仲間たちに伝えたい!「性と生」―性教育バッシングの中で―Part 3』。
パネリストは、知的ほかのハンディのある子どもたちへの性教育実践に取り組む特別支援学級の先生や保護者の方々で、子どもたち一人ひとりに寄り添った指導の発表に、参集した人々の感動と拍手のうちに進められました。
■「性交」について教えるには?
その中でパネリストの1人、吉井桜子先生が、性教育実践の中で困っていることについて、私に質問しました。
「“いのちが始まる日”の授業では、小さい小さい精子が泳いでいって、卵子の膜をつき破って入っていくという受精の話をします。あとで北沢先生に、じっくり教えていただこうと思っているんですが、実は私、いまだに「性交」については教えたことがないんです。小学生だということと、性交を教えるまでの段階ではないなと、今まで思ってきたからなんです。「性交」をどう教えていくかが、私の今後の課題です」と。
そこで私は、次のような回答をしました。
■吉井先生への回答―性教育の授業で「性交」を使えない理由
現在、どの学校の先生も「性交」という正しい用語を教えようとしない傾向にあります。それは文科省「小学校学習指導要領」の「生命・地球」―「動物の誕生」の項で“人間のいのちの誕生”は扱う、と制定されているからです。
この指導要領に従って作成された教科書(5年生 理科)には、写真入りの「メダカのたんじょう」で受精・受精卵・誕生を説明し、そこから突然、(性交/受精/着床を抜きに)“母親の子宮の中で育つ胎児の成長”の説明になっている。
しかも指導要領・“内容の取扱い”の項には、「人間の受精に到る過程(性交)は取り扱わないものとする」とあるため、「性交」は、使ってはいけないのです!つまり、子どもたちは、哺乳類である人間の性交/受精/誕生を、魚類で学ぶわけですね。
私が現在、仕事の拠点にしているアーニ出版ホールで、医大医学部 助産学科 看護学科3年生対象のゼミを行っているのですが、過日、男子学生が質問したんです。「僕らは看護専門職に就く身なのに、なぜか性交という言葉は使えなくて、レポートにも“性交渉”としか書けないんですが」と。
「性交」は使えない……ここに、日本人の歴史的な「性交」という用語に対する偏見、刷り込まれがあるのではないか?私は学生の質問に答えました。「性交渉って、何を交渉するの?お互いのプライベートゾーンを売買する値段の交渉?」と。
「性交」は禁句だが、「性的接触」なら可―との指定は、「中学校学習指導要領 保健体育編(平成27年3月告示)」のp213、「感染症予防」の項に出てきます。「エイズ及び感染症の予防―エイズの病原体は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)で、その主な感染経路は性的接触であることから、感染予防には、性的接触をしないこと、コンドームを使うなどが有効であることにも触れるようにする」となっている。
HIV感染の80%は性交(MSMを含む)によることは、厚労省 エイズ動向委員会が発表しているにもかかわらず、ここでも、性的接触ならいいが、性交は禁句!となっているんですね。
■小学4年生対象の私の授業
私の授業の場合は、「性交」をはっきりイラストで示します。すると、おませな男の子が「あかちゃんがほしい時って、ペニスを女の人のどこかに突っこむんだ!気持ちわりィー」。他の子も「エッチ!」「やだ!」と騒ぎたてます。
そこで私は、(先に配っておいた)黒い紙に、縫い針の先でポツンと穴をあけた教材を「明るい方に、かざして見てごらん。あかちゃんのもと卵子は、こんなに小さいんだよ。直径0.14mm。あかちゃんのもと精子の長さは0.06mm、もっともっと小さくて顕微鏡じゃないと見ることができない」。「えっ、そんなに小さいの?」
「そう、そんな小さな卵子と精子が“がったい!”ってして“いのち”が始まるんだから、お父さんのペニスは勃起して、3億もの精子を、お母さんのちつ(あかちゃんの生まれてくるところ)に送り込むの」「たくさんの精子は、一生懸命泳いでいって、そのうちのひとつだけが、お母さんの卵管で待っていた卵子と“がったい”ってするわけ。これを「性交」って言います」。
「おれ、イヤだ」って言う子もいます。「じゃあ、お母さんが(学級の机を指して)テーブルの上に卵子を出して、お父さんが精子をかけて、二人とも仕事に行っちゃったらどうなるかな?」と私。女の子たちが心配そうに首を振ります。「風が吹いたら飛ばされちゃう」「掃除機で掃除したら吸い込まれちゃう……」。
このあと、私は映像教材を使って、精子が卵子の中に吸い込まれていく受精の瞬間を科学的に説明しました。
すると、さっきの男の子が叫んだんです。「セイコウ(性交)がセイコウ(成功)したから、あかちゃんができたんだ!」。みんなは、ほっとして、大拍手に終りました。