北沢杏子のWeb連載
第41回 私と性教育――なぜ?に答える 2007年7月 |
障害をもつ人びとの性 Q&A その2
先月は“障害者地域支援センター”他の支援者や保護者からの質問、「障害をもつ成人男性が性風俗店を利用することは可か?不可か?」に対して、1989年にデンマーク政府が出した指針『障害の軽重にかかわらず性の権利と支援を』の主旨に添った、その国の実践を報告しました。今回はその続きです。
私が取材したデンマークのオーフス市では、グループホームや通所施設で、愛しあうカップルができて同居したいと申し出た場合、指導スタッフによる最短でも1年間の観察レポートが必要です。指導スタッフは両方の親も含むミーティングを何回も持ちます。
この期間が1年間あって、最終的には障害者二人の自己決定にゆだねるのです。同居に際しては、子宮内挿入避妊具IUDやピル服用の指導はもちろん、お互いの同居のマナーや家事の分担、金銭管理の支援も必要です。こうして愛と性の権利をサポートすることの方が、質問にあった性風俗店を利用するより、ずっと幸せだということはおわかりでしょう。
「デンマークでは障害者の性的問題行動の治療になるなら買春も許されており、その費用も地方自治体が負担していると聞いたが……」との日本の施設職員の質問に対して、オーフス市の施設長ブッテンシューン氏は、「私の40年間の経験で治療の目的でそういうところを利用したのは1人だけ」と断わってから、その例を話してくれました。
その障害者は、日常的に施設内で暴力を振るったり、自分の糞尿を壁に塗りつけたりという問題行動を繰り返す男性で、1年間にわたるミーティングの結果、その原因がマスターベーションによる射精の技術が伴わないことにあることがわかったのだそうです。で、もと売春婦のヴィヴィさんが開業している「パイオニアライン・クリニック」に通わせてみたら、数週間で解決したという話でした。もちろん「費用は本人の障害者年金から支払わせました。地方自治体が負担――なんてとんでもない」とのことでした。
翌日、私はブッテンシューン氏の案内で、そのクリニックを訪ねました。もと売春婦のヴィヴィさんは、いまではカウンセラーの資格も取得し、障害をもつ成人男女のみを対象とするクリニックを開業。障害をもつ人専門というだけあって、その優しさ、包容力、指導力には圧倒されてしまいました。
ここで治療を受けたという前述の男性は、マスターベーションの技術と性欲鎮静の効果、射精の意味、事後の衛生まで丁寧に教えられ、最後には「お礼の花束もって別れを告げに来た」とヴィヴィさんは明るく話してくれました。
パイオニアライン・クリニックのヴィヴィさん(右)にインタビューする北沢杏子
2006年12月、国連は“障害者権利条約”を採択。2007年4月末現在、89カ国が署名、20カ国が批准しました。日本はいつ批准するでしょうか?“子どもの権利条約”の場合も、国連採択が1989年11月だったのに対して、日本が批准したのは1994年5月。158番目の締約国だったのですから、あてになりません。
この国連の“障害者権利条約”には「障害者に対して同年齢の市民と同等の権利を保障すること」が、うたってあります。障害をもつ成人男女に、同年齢の市民と同等の愛と性の権利を保障することは、愛しあう二人の交際や結婚生活をサポートすることであって、決して、性風俗店の利用を肯定することではないということが、わかって頂けたでしょうか。
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