北沢杏子のWeb連載

第42回 私と性教育――なぜ?に答える 2007年8月

 

東南アジア・太平洋諸国および南米諸国6カ国の思春期保健教育

 過日(2007年6月)東南アジア、太平洋諸国、南米の6カ国――ソロモン、バヌアツ、ニカラグア、ボリビア、アフガニスタン、カンボジアから「思春期保健」関係の研修生たちが、私共のアーニ出版・ホールにやってきました。この研修は毎年、国際協力機構(JICA)の委託により、家族計画国際協力財団(JOICFP)が行なっているもので、各国の思春期保健に携わる行政関係者やNGOの若者たちの積極的な発言と陽気な笑い声で、ホールは一日中活気を帯びます。
 研修日が近づくと私は、世界地図を開いて(毎年異なる国からやってくるので)当日の研修生の国々の位置を調べます。そして、ソロモン諸島やバヌアツなど太平洋諸島の島々の中にはツバルなど、地球温暖化の影響で上昇した海流に侵蝕され、難民が出るという危機にさらされている国もあるので、今回の研修生たちの国はどうだろうか?とか、海岸を持っていない国はどうだろう?などと、考えをめぐらすのです。
 というのも、モンゴルに取材に行ったとき、「わが国には海岸がないので、生産物の輸出には中国の港に頼る他はなく、輸送費や関税などで利益が激減する」と聴かされていたので、今回の研修生の中の海岸を持たないボリビアは大変だろうなぁなどと、あらかじめ調べておく。そして最初の挨拶のとき、それを話題に持ってくると、研修生たちは驚き、たちまち親愛の表情に変わってくるのです。
 
 さて、私は性教育を専門としていることから、今回の6カ国では、人工妊娠中絶が合法か非合法かも気になるところです。国際家族計画連盟(IPPF)の報告によると、この地球上で昨2006年の一年間に、望まない妊娠の中絶で生命にかかわる影響を受けた女性は(少女も含めて)1,900万人。その結果7万人が死亡し、数十万人が健康を害し、それもしばしば一生にわたる合併症を抱える……と推定しています。
 これらの女性の96%は世界の最貧国に住んでおり、また、その国の文化的・宗教的規範のため、非合法の中絶による死亡や障害に直面、加えて社会から排斥され見捨てられているということです。
 こうした実情から考えて、思春期保健の重要課題はまず、研修生各国の(もちろん、日本も含めて)思春期の少女たちのリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)に関する教育でしょう。
 「あなたの国では、幼い子どもから“あかちゃんはどうして生まれるの?”と訊かれたら、何と答えますか?」私は冒頭でこう質問しました。すると、6カ国のどの国でも「それは教えられない」とのこと。ソロモン諸島から来た男性は、「ぼくの国では“海の向こうから舟に乗った新生児がやってくる”と教えている」と答えたあと、みるからに妊娠しているとわかる少女でさえも、“まだ海のむこうからボートがやってくるのが見えないから”自分は妊娠していない――と主張したという笑い話をする始末です。

 日本の小学生には現在、「いのちの大切さ」は力説するものの、そのよってきたるところの「妊娠・出産・性交」は教えてはいけないことになっています。その結果、10代の少年少女は、HIV/AIDSを含む性感染症の蔓延(16歳少女のクラミジア感染率は17.2%)、人工妊娠中絶の増加(年間3万数千件)という不本意な青春を過すことになります。
 小学校5・6年生の「保健」教科書で“エイズ”が出てきますが、その感染経路は「感染した人の血液などが、傷口などから入ることでうつる」と説明されており、最もリスクの高い“性交による感染”に触れてはいけないと、学習指導要領に明記されている始末。そのため、現在のHIV感染者、エイズ患者は12,394人(2006年12月現在)、厚労省エイズ動向委員会は、これは氷山の一角であって、「年間3,000人が感染している」と推定しています。
 10代の少年少女に、望まない妊娠の中絶やHIV/AIDSを含む性感染症について正しい知識を与えようとしない学校教育は、あとあと大きな悔恨事になるに違いありません。

 さて、6カ国研修生のワークショップに話を戻しましょう。私はいつも事前に、それぞれの国の思春期保健に関する問題点、その原因、教育による改善方法、行政のサービス提供による解決法についてアンケートをとることにしています。研修生たちから送られてきたそれぞれの国の思春期の少年少女の問題点、そしてその原因と改善、解決法について、また私の講座の様子は次号に続けることにしましょう。

6ヵ国からやってきた研修生たち(中央・北沢杏子)

 


 

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