北沢杏子のWeb連載
第51回 私と性教育――なぜ?に答える 2008年5月 |
絵本『ママにもいえなかった…』批判に抗議する!―その2―
『性教育の暴走――セックス奨励教育の実像』(桜井裕子著、扶桑社)は、ここぞとばかり、私が訳した絵本『ママにもいえなかった…』の空想の動物であるドラゴンの女の子ドランちゃんが、父親から性虐待を受けているページのイラストと文章を見開き一杯に転載し、次のように解説しています。
「これは、父親が娘を犯すという、おぞましい近親相姦のストーリーである。しかも父親に対して抵抗したり、父親に対して周囲がとがめたり、というくだりは一切ない。(略)そうした行為に対して、さしてとがめもしないということは、人倫が退廃した証かもしれないが、しかし、『ならぬことは、ならぬもの』(会津藩・什の掟)ではないだろうか」。
絵本への批判はさらに続きます。「図書館で、近親相姦を容認するような物語を読んで、子供はどう思うだろうか。“お父さんにヘンなことをされても私は悪くないんだ。だったら、そのときはそのときでなるにまかせればいいのね”と思う子が出てくるのではないだろうか(略)。こうした安易な容認や誘導は、『近親相姦容認』に歩を進めるような気がして、思わず背筋が寒くなる」と。
ここで私がクレームをつけたいのは、文中たびたび出てくる近親相姦という用語です。相姦とは、お互いが対等な関係で、しかも了解の上で行なわれた場合に使う用語であり、社会的、階級的強者が一方的に弱者に向かって行なうときは、近親姦であって近親相姦ではない。なお、「会津藩・什の掟」が、ここで持ち出される違和感はどうだろう?
絵本『ママにもいえなかった…』の、その後のストーリーは、お祖母さんの看病から戻ってきたママも、ドランちゃんの身に起こったことを推察できず、彼女は森をさまよい、小さな岩のくぼみに身をかくします。
「なん日もなん日も、その岩のくぼみにかくれていました。食べものもなく、からだもよごれ、もう、もとのドランちゃんとは見分けのつかない痩せた女の子になっていきました……」。
やがて森の仲間たちが探し出し、賢者のふくろうのおばあさんに助けられます。
「ふくろうのおばあさんは、大きな翼をひろげてドランちゃんを優しく抱き寄せて言いました。“あんたはちっとも悪くない。間違っているのはパパだよ。あんたは(いままでの出来事を包みかくしなく、すべてわたしに話すという)自分にできるいちばん正しいことをしたんだよ。あとのことは、わたしにまかせて、安心おし……。”こうして、つらかったことを話せば話すほど、悲しい気持ちは薄れていきました。そして、自分が毎日、少しずつ明るく、強くなっていくのがわかりました」。
著者のルンドグレンと私は最後に、『おとなたちへ――この絵本を子どもと一緒に読む前に』というページを設けました。「おとなたちは最もよい時期を選び、よい環境の中でこの本を読み聞かせる必要があります。子どもにせがまれるままにストーリーを追ってはなりません。本書の『むかし、あるところに……』という導入部は、『これは現実の話ではないんだよ』という印象を子どもたちに与え、時間的、地理的に架空の話として、安心して聞けるように工夫してあります。
この物語の子どもへのメッセージは、たとえ話すのが難しく自信がないと感じても、勇気をもって信頼できるおとなに“自分が受けた出来事”を話すことが重要であり、唯一の解決策だということです。文中、ふくろうのおばあさんが繰り返すように『どんなことがあっても、あなたをひとりぼっちにはしない』『あなたは(自分の身に起こったことを話すという)正しいことをしたのだ』という強いメッセージを伝えることによって、子どもは全身に受けたPTSDを、乗り切ることができるのです。
結局、『性教育の暴走』の著者は何を言いたかったのか?それは「あとがき」に書かれていた以下の一文で、はっきり理解できるでしょう。
曰く「今から60年前の昭和22年、GHQの施政下に置かれていた我が国は、教育勅語と修身を捨てた。この教育勅語と修身こそ、欧米諸国のモラルを凌駕してあまりある日本国民の規範であり背骨であった。(略)『百年後の日本民族のために護国の盾とならん』と命の限り戦った英霊たちに、顔向けのできないような次世代にしてはいけない、との思いは強まるばかりである」。つまり、この著者は、いわゆる靖国派、新自由主義史観の人だったことがおわかりでしょう。