北沢杏子のWeb連載
第52回 私と性教育――なぜ?に答える 2008年6月 |
『4ヶ月、3週と2日』― ルーマニア社会主義共和国で 1987年 ―
2007年カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞したルーマニアの作品『4ヶ月、3週と2日』(クリスティアン・ムンジウ監督)を観ました。女性ならタイトルだけでわかるショッキングな内容の映画です。
ルーマニア社会主義共和国の元首として国家評議会議長、大統領を歴任したニコラエ・チャウシェスク独裁時代(1967〜1989年)、国家によるコントロールは、政治や経済、思想、教育はもちろん、性(妊娠・中絶)に至る個人生活にまで及びました。
とくに45歳までの女性は、4人の子どもを産むまで中絶してはならないとし、14〜15歳の中学生にも出産が奨励されました(政令770号)。これは、国家の労働力を確保するために2300万人の人口を3000万人まで増やすことを目的とした政策でした。違法中絶には厳しい刑罰が科せられ、コンドームも店頭から消えました。
こうした社会背景のもと、女子大生のオティリアは、妊娠4ヶ月、3週と2日になってしまったルームメイトのガビツァを助けようと東奔西走します。口コミで知った闇中絶をしてくれる男ベベと待ちあわせ、予約しておいたホテルに向かうオティリア。そこにはすでにルームメイトのガビツァが待っていましたが、やっとの思いでかき集めた中絶の費用、それにオティリアがボーイフレンドから借りたお金をあわせても足りない。
「これからやるのは違法行為だ!中絶がばれたら俺は重い刑に問われる。わかっているのか?」ベベは若い二人に詰め寄り、「こんな半端な金額では話にならない」と立ち去ろうとします。このチャンスを逃せば2度と中絶手術はできなくなる、ガビツァは必死で頼み込みますが、ベベは首を縦に振ろうとしません。意を決したオティリアは……?
(映像では見せないのですが)、バスルームで泣きぬれているガビツァの前に、下半身裸のオティリアが入ってきます。彼女はルームメイトのために、ベベの欲求に応えたのです。
話はまだ続きます。その夜、オティリアはボーイフレンドの母親の誕生日パーティーに招待されていました。賑やかなパーティーの席で落ち着かないオティリア。中絶は成功したのだろうか?不審そうなボーイフレンドをあとに、彼女はホテルへと走ります。
手術は終わったようでした。ベッドに横たわるガビツァの視線を追って、バスルームに一歩踏み入れたオティリアは、そこにビニールに包まれた20週の胎児の死体を見ます。どこに捨てるか?秘密警察は街のいたるところで目を光らせています。肩から掛けた鞄の中にそれを入れ、彼女は夜の街をさ迷います。公衆トイレ?ゴミ捨て場?それとも……?彼女は遂に、高いビルの屋上に到達します。そして焼却炉の扉を開いて……。
なんという痛ましい女の性でしょう!日本でも過去の戦時中「産めよ増やせよ」という国策がありました(「堕胎罪※」は現在も活きています)。アジアへの長い侵略戦争が続いて、兵隊が欲しかったのです。そして敗戦――爆撃と原爆で焦土と化した祖国に、戦場からの復員兵が続々と帰ってきました。住む家もなく、食料もない敗戦国に、これ以上人口が増えては困ると、優生保護法(現母体保護法)が施行され、妊娠21週と6日まで、人工妊娠中絶は合法となりました。
このように、国家や宗教、独善的モラル、民族的慣習などが、本来、女性自身が自己決定すべき性(妊娠・出産・中絶)に強制的に介入することが許されてはならない、と私は考えます。しかし、世界では意図しない妊娠や望まない妊娠に直面し、「安全でない中絶」によって生命にかかわる影響を受けている少女や女性は、年間1900万人にのぼり、うち7万人が死亡。何十万人もが安全でない中絶手術の後障害で、生涯苦しんでいるといいます。その96%は、世界の最貧国に住んでいる少女や女性たちです(IPPF:国際家族計画連盟発表)。
話をルーマニアに戻して――1966年に中絶禁止法が施行されたルーマニアでは、それまでの出生10万人当たりの妊産婦死亡件数は80件だったのが、一挙に180件に急増。1989年に禁止法が廃止されてからは、出生10万人あたり40件に減ったと報告されています。理由は、安全な中絶が利用しやすくなり、闇中絶の合併症による死亡件数が減少したことに他なりません。
つでながら、独裁者ニコラエ・チャウシェスクは、1989年のルーマニア革命で失脚、公開処刑で銃殺されました。
※ 刑法第29章 堕胎の罪:(1907年〜現在も活きている)
第212条 妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、1年以下の懲役に処する。
第213条 女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、2年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
第214条 医師、助産師、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、3月以上5年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させたときは、6月以上7年以下の懲役に処する。