北沢杏子のWeb連載
第56回 私と性教育――なぜ?に答える 2008年10月 |
「プライベートゾーン」と「前頭前野」によるコントロールを織り込んで そのU
前回は、去る8月に行なった、ある県の小・中学校養護教諭全県研修大会の講師として『発達段階に応じた こころとからだの学習の模擬授業』の前半を紹介しました。今回は後半です。
大会場の舞台一面に10脚のホワイトボードをずらりと並べ、授業内容にあわせたアーニ出版製作の教材を貼り巡らせての模擬授業――こうした講演会は珍しいのでしょう。また、みなさんも日ごろ目にしたり使ったりしているお馴染みの教材らしく、開幕と共に大きな拍手が巻き起こりました。
発達段階に応じた授業のための教材展示の順は、
@プライベートゾーンの理解 A小1から中1、成人男女へと発達するからだの説明 B二次性徴を促すホルモン分泌と初経と精通 C胎児の成長と誕生 D大脳の古い皮質と新しい皮質の役割 E望まない妊娠と中絶 F性感染症の種類と感染経路 GHIV/AIDSの現状と予防――としました。
ところで、意識的に省いた教材は何か、わかりますか?――この県でも性教育バッシングはかなり強く、あらかじめ模擬授業の中でのペニス、ワギナ、二次性徴、性交、経腟分娩は禁句と釘を刺されていたので、性交や出産の教材は省いたのです。
その条件を受け入れなければ、県教育委員会の共催・後援のお墨付きがもらえないと、実行委員会から東京の私宅に何度も電話が入っていたのでした。こうした“言葉狩り”に神経を使うあまり、全国の小・中・高校の養護教諭のみなさんも、児童・生徒の質問や現実的な悩み(性被害や望まない妊娠、性感染症やHIV感染の不安他)に、応えられなくて困っているのでは?
さて、今回の模擬授業の特徴は、D大脳の古い皮質と新しい皮質の役割を持ってきたことです。
教材は2脚のホワイトボードを使い、1脚目には70万年前のアウストラロピテクス、50万年前のジャワ原人、10万年前のネアンデルタール人、現代のクロマニヨン人の全身像のパネルを貼り、人類の進化=大脳の発達について説明。次に人間の脳と同じ大きさの、あんこの入ったおまんじゅうの模型を手に持ち、真ん中で2つに切ってみせます。すると、黒いあんこの入った部分と、それを覆う白いおまんじゅうの皮の部分がはっきりわかります。
あんこの部分は「古い皮質」と呼ばれる本能の部分で、食欲、性欲、闘争欲、集団欲の発信地。これが満たされれば快感を、満たされなければ不快感(いわゆるキレる現象)を引き起こします。昨今、性欲や闘争欲がコントロールできないまま犯罪に走る事件が、たくさん報道されていますね。それは「古い皮質」がさせるのですよ。
これをコントロールするのが、おまんじゅうの白い皮の部分である大脳の「新しい皮質」の中のおでこの部分の前頭前野――ブロードマンの脳地図でいう9番、10番です。ここは、思考、創造、自己決定、コントロールの座で、ケンカ、悪口、いじめ、性加害などは、この部分を使ってコントロールすることができるのです。
そして、それができたときは、脳地図の11番が喜びを感じ、うまくコントロールできなかった場合は反省という悲しみを感じる――と、私は子どもたちに、わかりやすく教えることにしています(科学的には、もっと複雑なのですが……)。
ある小学校6年生の男子は、私のこの授業を受けたあと、次のような感想を寄せてきました。
「悪口を言ってしまったあと後悔するということは、脳が成長している証拠だと聞いて、ぼくも成長したんだなあ、じゃあ、次は名誉にかけても悪口を言うのはやめてみようか、と思った」と。
大脳の前頭前野の9、10、11番の活用法、そしてプライベートゾーンの認識を織り込んで、明るく強くアピールした今回の講演でした。