北沢杏子のWeb連載

59回 私と性教育――なぜ?に答える 2009年1月

 

エイズ問題から見えてくる 各国 お国事情 そのT


 昨2008年11月、私が共同代表を務めるアーニ出版・ホールに、7ヵ国の研修員たちがやってきました。中国、ブルキナ・ファソ、ベナン、ガーナ、エチオピア、ザンビア、マダガスカルの人びとで、いずれもHIV/AIDSの問題を抱えての、とくに教育とケア、政府への抗議運動と提訴の方法、民族間のHIV患者・感染者への差別・偏見の解決のありかたのヒントをつかみたいというのが目的で、それぞれ1週間ほど日本各地の学校、病院、NGO、専門委員会などを廻っての研修でした。

 まず中国の話から――中国のHIV患者・感染者数は公表約70万人とされていますが、今回のメンバー(弁護士、学者、ジャーナリスト、同性愛者および支援組織代表他)によると、、実数はその数倍であり、検査・治療の体制はもちろん、薬害エイズに対する訴訟や法的保障も不平等。
 加えて労働市場における排斥、市民間の差別・偏見は深刻で、感染者は経済的・身体的苦境に立たされているのが現状だとか。にもかかわらず、あの華やかな国威発揚の北京オリンピック開催の陰に隠されて、少数民族の人権抗議デモやエイズ実態報告などは厳しい報道規制の下に置かれていたといいます。

 HIVの感染経路は、日本の場合、異性間、同性間の性交渉によるものが主ですが、中国の、特に農村地帯では、「売血」による感染が大半を占めているとか。北京から列車で10時間ほど離れた河南省のある農村では、村民700人のうち200人が感染――なぜか?1990年代、都市と農村地域の経済格差は急ピッチで拡大。日本円にして年間1万円ほどの農業収入に比べ、売血は400mlで700円。生活費や子どもの教育費を捻出する手っ取り早い現金収入の道として売血が広まりました。
 一方、病院での輸血の料金は400mlで7,000円。そこで「血頭」と呼ばれる血液ブローカーが農村に出没して、畑の畔で休んでいる農民に売血をそそのかし、公然と採血が行なわれるようになりました。さらに、血液に対して無知、無感覚な村の役人たちは「献血(実際は売血)は富を招く」「豊かな生活を実現したいなら献血(売血)に行こう」のスローガンを国道両側の家屋の壁に刷毛で大書する始末。
 また、病院で使う血漿も、遠心分離機の使い回しにより収集――こうした注射針や分離機使い回しの結果、HIV感染は急激に広がりました。当然のことながら、出産時の輸血や血友病者への国産非加熱血液製剤投与には、この血液が使われたわけですから、全国的なHIV感染拡大と発症者の死亡、エイズ孤児の激増は、もう国家権力によって隠蔽することは不可能となってきました。

 2001年、この惨状を暴いたのが米国のニューヨークタイムズ、英国BBCテレビ製作のドキュメンタリー『中国の忘れられたエイズの被害者たち』でした。その映像には「血頭」の暗躍や採血に応じる農民たち、エイズ死亡者の土葬による墓が、土ダンゴのように盛り上がっている様を描き出し、初めて国際的な問題として浮上してきたのです。
 ここに至って政府はようやくエイズ問題に本腰を入れ始め、「血液管理規制法」「血液製剤管理条令」「医療衛生管理法」他を制定。2002年、『エイズ対策5ヵ年計画』を発表しました。
 それによると、2010年までにHIV感染者・患者を150万人に抑えると宣言。前述の河南省政府は、売血禍の存在を承認。全省の売血経験者に対し、HIV感染者数を明確化するためと称して、HIV強制検査を進めました。その結果、38の村落を「エイズ高発村」とし、これらの各村落に『五個一工程』(一本のアスファルトの道路を敷き、一つの深い井戸を掘り、一つの学校を建て、一つの医務室を建て、一つのエイズ孤児・孤老養育院を建てる計画)を進めているということです。とはいえ、人口13億人の新興国中国、エイズ問題をどう解決するのでしょうか?
 次回はアフリカ6ヵ国のHIV/AIDSの問題点と、研修員たちへの『7歳からの性教育のすすめ』をお伝えしましょう。

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