北沢杏子のWeb連載

62回 私と性教育――なぜ?に答える 2009年4月

 

 

七生養護学校「こころとからだの学習裁判」東京地裁 勝訴!報告


 去る2009年3月12日、東京地方裁判所前には「七生養護学校“こころとからだの学習”裁判」の判決を懸念する人びとが、制限時間までに193名の列を作りました。103号法廷傍聴席の定員は90名ですから抽選となります。私はこの裁判の代表支援者11名のメンバーのため、どうしてもこの眼で判決の瞬間を見たい! ところが抽選はハズレ。がっくりきているところへ、私の社のスタッフでもある私の娘が、自分のアタリ券をゆずってくれ、判決に立ちあうことができたのでした。
 本事件をかいつまんで報告しましょう。七生養護学校は小・中・高等部からなる知的障害のある児童・生徒の自立を目指す教育実践を行なってきました。各学級には隣接の児童福祉施設から通ってくる子どもたちが半数を占めており、そのさまざまな生育暦から自尊感情が低く、思春期になると性的な問題も起こってくる。先生たちは「性教育」の必要性を痛感。とくに、知的障害をもつ子どもたちには、視覚に訴える具体的な教材が有効であることから、小学生にはからだの各名称を教える歌、中・高生には性器のついた人形を使っての月経や射精、性交のしくみ、避妊などの指導も行ないました。
 これを知った都議の3人が2003年7月2日の都議会の席上、「行き過ぎた性教育」として非難し、都教委に教員を直接指導するよう要求。石原都知事も「異常な信念をもって、異常な指導をした教員ら」などと答弁し、続いて2日後の7月4日、都議、都教委10数人および産経新聞記者らが学校に乗り込み、保健室に収納されていた性教育教材や書籍を強制没収。産経新聞は、性器つき人形の着衣を脱がせて下半身を露出させた写真を掲載、「まるでアダルトショップのよう」と報道しました。これが裁判のきっかけとなった事件です。

 この裁判の判決(矢尾 渉裁判長)は、以下の3点を認めた点で、教育裁判史上画期的な判決となりました。
 @政治家である都議らが、七生養護学校(以下七生)の性教育に介入・干渉したことは、七生の教育の自主性を阻害し、これを歪める危険のある行為として、旧教育基本法※10条1項の「不当な支配」にあたる。
 A都教委の職員らは、このような「不当な支配」から七生の個々の教員を保護する義務があるにもかかわらず、都議らの政治介入を放置した――つまり保護義務違反である。
 B七生の性教育に対する政治介入の衝撃は、七生の教員、生徒、保護者にとどまらず、広く全国の学校現場での性教育実践者にも多大な影響を及ぼした。
 “性教育の内容が不適切だ”として、七生の教員らの他校への強制配転や、校長の降格処分などの制裁的取扱いが実行されるや、全国の養護学校、公立小・中学校の性教育担当教員を萎縮させ、性教育の時間は大幅に削減されるに至った――の3点です。

 さて、私事で恐縮ですが、それまで劇作家・放送作家だった私が文部省(現・文部科学省)婦人局長、塩 ハマ子氏の要請に応えて『明日では遅すぎる!』という性教育教材を作成したのが1965年。続いて法務省少年課の委託により、少年院の少年少女の啓発教育のための『光を求めて』というドキュメンタリー放送劇シリーズを制作。全国の少年院を駆け巡ったのが1966〜68年でした。
 これらの体験から、10代の少年少女への性教育の重要性を痛感。1969年に性教育専門出版社アーニ出版を設立して、本年が40周年になります。その間に製作した性教育、乱用薬物防止教育、HIV/AIDSを含むSTD予防教育、ジェンダーの平等、国際理解、環境問題などの教育教材、映像教材は約200本。同じテーマの著書、訳書は120冊におよんでいます(ついでながら、七生への都議らの“不当介入”で没収された膨大な性教育教材や書籍中の40点が私の作品でした)。
 ……というわけで、ここ数年来の性教育バッシングは、私自身とわが社のスタッフへの精神的、経済的大打撃となっているのですが、それは措くとして、HIV感染者数が、先進国中、唯一日本だけが毎年1,000件以上増え続けているのは(厚労省エイズ動向委員会の発表)、教育現場の性教育不在が原因と言っても言い過ぎではないと思うのです。

 「七生裁判勝訴」で、さらに感動的だったのは、私が代表を務める「性を語る会」が3月14日に開催したシンポジウム『大麻はキケン なぜ?』の会場に、七生裁判原告団代表の日暮かをるさん、室方喜美代さんが、勝訴判決の報告に現われ、満場の拍手で迎えられたことでした。とはいえ、被告側は上告すること必至ですから油断はできません。原告側にとって「不当な介入」であっても、被告側は「不当な教育」として反撃に出るでしょう。ご支援をお願いします。 


※旧教育基本法は「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行なわれるべきものである」と定めていた。ところが2006年の同法改正では、「不当な支配に服することなく」は残ったものの、直後に続く文言は「この法律および他の法律の定めるところにより行なわれるべきもの」と改められた。

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