北沢杏子のWeb連載
第68回 私と性教育――なぜ?に答える 2009年10月 |
知的障害児・者への性教育
―都立七生養護学校小・中・高等部の性教育模擬授業― そのU
■うまれたばかりのあかちゃん人形を子どもたちの手の中に〜小学部・中学年の性教育模擬授業
先生B (あかちゃん人形を抱いて、子守唄をうたいながら登場)
♪ゆりかごの歌をカナリヤが歌うよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
授業の最初に、この子守唄を歌いながら教室に入ります。知的障害の子どもは多動で動き回る子どももいるし、そわそわしている子どもがたくさんいるんですね。でもこの歌を聴くと、椅子に座って、「何があるんだろう」という感じで注目するようになりました。
知的障害の子どもの場合、チームティーチングなので教員が3人います。ふつうは、「さあ、これから勉強を始めます。みんな座って」という始まり方ですが、私は「何々してはいけない」「座りなさい」といった指示語を一切使わない授業をしようと思ったのです。私たちが目指した『こころとからだの学習』は「安心で楽しい授業だよ」「からだはとても大事で、すばらしいものだから一緒に学ぼうね」という雰囲気を伝えることが大切だと思っていたので、指示語は使わずに、あたたかな空気づくりを心がけました。
そして、このあかちゃん人形を子どもたち一人ひとりに手渡していきます。怖がる子どもには無理をしません。でも、大半の子どもは寄ってきて、言葉ではなく手を出すんですね。言葉は出ないけれど、目が集中していて、“あかちゃんを抱きたい”という気持ちが伝わってきます。
この人形の体重は、生まれたばかりのあかちゃんと同じ3キロ。子どもたちには、“あかちゃんってずっしりと重い”ということがわかる。すると、小学部1年生の子どもが、“僕はこのあかちゃんをしっかりと守らなくてはいけない”という感じで抱いたりします。言葉こそ発しませんが、“抱いてみたい”という気持ちが伝わってきました。
このあと、子どもたちには、お母さんのおなかの中での気持ちのいい体験をしてほしいと思い「ホットウォータープール」を計画しました。大き目の容器にお湯を張ってビニールを敷くんです。その上に子どもたちが寝るとほんわかと温かい。いつまでも出たくない感じですね。「おなかの中はこんなに気持ちがいいんだよ」ということを体験してもらう授業に展開させていきました。
知的障害の学校では、「お母さんのおなかの中は気持ちいいんだよ」と言っても、言葉だけではだめで、本当に大事にされ、本当に気持ちがいいということは、からだを通してしかわからない。だから「こころとからだの学習」は、その体験をさせる学習だと考えました。本当に心地いいことがわかっていけば、心地の悪いこともわかってくる。すると性被害に遭いそうになったとき「いや!」と、きちんと言えるだろう、自分を守ることができるだろう、と考えたのです。
当時、おなかの大きい先生が何人かいたので協力していただいて、おなかの中のあかちゃんの心音を聴いたり、おなかをさわらせてもらいました。そして「おなかが重くて大変だけど、生まれてくるあかちゃんに会えると思うと、とても嬉しい」という話などもしてもらいました。
すると、多動で自閉の子どもがお昼休みの“出産ごっこ”などに、すごくのってきて、クラス全体がその遊びで盛り上がるんですね。「救急車が来ます」「お湯を沸かしてください」と言うと、みんな一生懸命お手伝いをしてくれるんです。また、お茶目でいたずら好きなダウン症の子どもが、あるとき、おなかをさすって「フーフー」言いながら階段を昇ってきました。“おなかが大きいときにお母さんは大変だ”という話を覚えていて、そのまねをしているんですね。疑似体験をしていくことで、そういう遊びに繋げたり、自己肯定感をもてるようになっていったりすることが、子どもたちが「成長」していくことなのだと思います。
先ほどの『からだうた』(第67回参照)がなぜ都議会議員やマスコミから攻撃されたかというと、ペニスとワギナという言葉が入っているからです。私も最初は抵抗があったのですが、勉強していくうちに、知的障害のある子どもの性被害がすごく多いことがわかりました。そして、病院に行っても、どこが痛いか言えない。ペニスが痛いとか、ワギナが痛いと言えない。その箇所の名称を知らないから言えないんですね。痛い場所が言えないのは大きな問題です。自分のからだのとても大事な部分なのですから、やはり、小さいころから学んでいくことが大事だと思います。 (このシリーズは4回連載の予定です)